冬夜幻想記 〜黒輝煌々星〜
「…空が、黒い」
その瞳は、真夜中の暗闇を模ったような、青紫。
「でも、星は綺麗だよ?」
眼差しは、真昼の蒼空を絵に描いたような、ライトブルー。
「…吸い込まれそうだ、あの暗さに」
ターバンから出ている髪は、大地に根を下ろす若草に似て。
「そうならないために、星は光ってるんじゃないかな」
後ろで結ってある髪が、空翔ける鳥の尾羽のようで。
「夜は闇の象徴のひとつ。エニグマも、闇だった」
「だけど星だって、光の象徴のひとつよ」
夜明けまで降り続いた雪の、次の夜。意味もなく二人、公園のベンチで空を見る。
「星は、夜を照らすには…弱くて、儚い」
「そんな星が空いっぱいに、こうして私達の目を惹きつけるほどに煌くわ。眩しくて、それでも見ていたいくらいに」
「……」
「あなたが何を悩んでるかは知らないよ、ガナッシュ。だから教えて?私達があなたを支えてあげられるように」
「…ありがとう、キャンディ。でもこれは、オレ自身の問題だから」
「オレ自身の問題だから、私達じゃ解決できない?私達には頼れない?」
見上げていた首を戻し、隣の少年に、少女は顔を向ける。少年はその問いに、俯いて黙ったまま。
「違うよ。確かにあなたの問題は、あなた自身でしか答えることは出来ないかもしれない。
でも、周りのみんなにヒントをもらうくらいなら、悪いことじゃないと思う」
「そうすることで、みんなに頼りきりになってしまいそうな、弱い自分がいる。
今まではそんなこと、考えたこともなくて。だから、どうなってしまうのか、わからない」
「みんな、そうだよ。明日…ううん、10分も後だって、どうなるかわからない。
いくら『こうなりたい』、『ああはなりたくない』って思ってたって、それは確定じゃないの。
…ガナッシュだって、まさか臨海学校があんなになるなんて、思ってもみなかったでしょ?」
「…それとこれとは…」
「ガナッシュ…魔バスに乗る前に、こんなこと言ってたってね。
『何もないよ。海岸にはただ、波が打ちよせているだけさ。 楽しく笑ってるヤツらを横目に見て、自分の血を呪うんだ』
ちょっと理不尽な気はするけど、それとこれは同じだよ。
その通りにはならなかったよ。少なくとも、臨海学校の間は自分を呪う時間はなかったでしょ?」
「何もかも終わった今、こうして自分を呪ってる。オレが勝手に暴走したから、みんなを「そこまで」
少女がベンチから立ち上がる。
「確かに、みんな危ない目に遭った。私はエキウロクリュと融合した。ケルレンドゥと戦った。…私とあなたは魔力をなくした。
でも、さ。それよりもっと大事なこと…私達は、知ることが出来た。なくしたものより、ずっとずっといいものを見つけた…ううん。
魔力なんて、その気になればいくらでも手に入れられるし、そんなものがなくたって、私達は生きていける。
…何かのあるなしでどうこう言ったり、解決できないこともある。臨海学校で、それがわかった」
「…でもオレは、…あのときのオレでは、姉を救い出すことなんて出来はしなかった。力が、なかった」
「何かを成し遂げるのに必要なのは、力と意志…ケルレンドゥがそう言ってたよね。
よく考えたりしなくても、確かにその通りなんだと思う。
力だけあったって、コントロールできずに暴走して、それで終わり。
意志ばかり先走っても、自分の無力さに絶望して、諦めてしまう。
…でも、もしそのふたつを持っていたとしても、『成し遂げる』には至らないとも思うの」
「…どういうことだ?ケルレンドゥがオレに嘘をついた、とでも言うのか?」
「もうケルレンドゥはいないから、ホントのところはわからない。でも、嘘はついてないと思う。
わざと言わなかったのかもしれないし、ソレを知らなかったのかもしれない。
でも…ケルレンドゥも、何かを成し遂げるためにソレを持っていたはず。…力と意志以外に、必要なもの」
「力と意志以外…?」
少年は顔を上げ、少女の顔を見上げる。…少女はどことなく自慢げに微笑んでいた。
「それは、あなた自身がこれから探すの。『成し遂げる』ために必要なものが何なのか、それを考えて、探し当てるの」
少年はただ聞いていたが、少女が語り終わると、可笑しそうに笑い始めた。
「…むぅ、何よー。せっかく人が導いてあげよう、ってのにー」
「キャンディも知らないんだろ?君の言う『ソレ』が何なのか」
「ぇ」
「…正直に答えてくれ。さっきまでのはアイツの受け売りだろ?」
「はい」
「…でも、話してくれて嬉しい」
「うん、そう言ってくれると、私も嬉しいし…みんなも喜ぶよ」
「…考え直してみると、真っ暗な夜も、いいものかもしれないな」
また二人、ベンチに座って空を見る。
「たくさんの星が、黒い空を照らしてくれる」
「知ってる?生き物が物体の色を認識できるのは、物体が光を反射するからなんだって。
『黒い』ってことは、さ…色があるってこと、光を浴びているってことなんだよ」
「そうなんだ…」
「だから絶対に、吸い込まれたりなんてしないから」
「…ありがとう、キャンディ」
「それは私じゃなくて、みんなに言うべきだよ」
照れたように二人、顔を見合わせて笑う。
「やっぱり、それも?」
「…受け売りだし、私もみんなも言いたかったこと。…あなたは、独りじゃない。
独りじゃないから、いつでも相談しに来ていいんだし、一人で悩んじゃいけない」
「……」
「…アイツみたいな言い方するなら…」
「私達は空に浮かぶ星。存在する星すべてが、いつもみんなを照らしているし、自分自身を照らしている。
決して目に見えない『未来』という闇の中、それでも道を照らし出そうとする『生命』という光。
それは星と同じ、誰かを照らす光。私達はあなたを照らす星になれるし、あなたも誰かの星になれる」
そこまで一気に言い。
「…ぅぁぅ。どうしてこんなこと真顔で言えるんだろ?」
「ずっとあいつと一緒にいるんなら、キャンディもそのうち真顔で言いそうだけどな」
「っ!?」
「人は誰かを照らす星になれるんだろ?どこかの誰かさんがキャンディを照らしていても不思議じゃないさ」
「…ガナッシュが似合わないこと言った」
「言うな、わかってる。自分で鳥肌が立った」
小さく笑い声が漏れ出す、誰もいない真夜中の公園。満天の星が、その場を後にする二人を照らした。
…了。