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四四十六茶小説



闇黒の狂姫 〜番外・時の狭間にて〜



「…っ、くぅ…」

何も無い場所。そこで彼女は目覚めた。



「…ここは…?」

地面も壁も、天井もなく。
何かがあるかと聞かれれば、否。
目に付くものは何も無い。
ただ、闇を思わせるダークブルー一色の空間。

「コレが、異空間と言う奴なのか…」



床は無いのに、立っている感触がある。
浮遊感があるのに、足を前に出すと、体はちゃんと歩く。
果たして、自分がどこへ向かって動いているのかわからない。
いや、それは錯覚で、同じ場所からまったく動いてないかもしれない。

「…フシギな場所だ。ここにいると、全てが見える」



自身がこの世界に生まれた瞬間。

家族を殺され、逃げるうちに力尽き倒れた、幼い頃。

ベッドで目覚めたとき、隣で心配そうに見ていた男の子の顔。

老人に誘われるまま、初めて前にした魔法学校。

そこで出会った女性。

彼女にまつわる事件の数々。



そして。



「…そう、だったな。私は奴を引きとめようとして…」
ならば、さしずめ巻き込まれてここに落ちてきた…とでもいったところか?
少女はそう考えて…やがて面倒になって考えるのをやめた。
しばらくの間、この浮遊感に身を任せることにした。









どれくらい時間がたったのだろうか。ここがどこなのか、皆目見当は付かない。
ただ、体の感覚から『何か』が抜け落ちているということを何となく感じ始めた。
「…何だ、何が私から失われたんだ…?」
答えはない。ただ、一面のダークブルーが淡い輝きを放つだけ。



「…どうしているかな、連中は。…奴らのことだ、私とマドレーヌが消えた先に、
必死で呼びかけていそうな気がしないでもないが、な」
薄く笑う。そうだ、連中はそういう奴らなんだ。

「…そういえば…。ずいぶんこうしているが、空腹は感じないな。眠くもならない…」

次第にそれは、違和感へと変わる。何か…こう、戸惑いを感じる。

たとえるなら、ルールの違いで四苦八苦しているような。
前にあったものがそこにはなくて、逆に今までなかったものがここにある。そんな感じだ。

「…本当に、何だというんだ」



その時、窓を開けるようにダークブルーでなくなった部分が目の前に現れる。
「…!?」
それは円の形をしている。円周の線はゆらゆらと揺れていたが、その奥には何かを映し出している。

「………」









覗き込んでみると、それは彼女とマドレーヌが消えていく瞬間だった。
『リーベ!?』
『何やってんだ!おい、リーベ、リーベ!』
(…そう。呼ばれても私は手を離さなかった。その結果がコレ、だがな)

声をかけても届かないだろう。そう思ったリーベは、黙って『窓』の外の景色を眺める。

『…ハンノウ…ショウシツ。 …タンサクハンイナイカラ ロスト』
『ロスト…見失ったってこと…!?ねえカフェラテ!2人はどこに行ったの!?』
『…ワカラナイ。スクナクトモサイゴニ ナンラカノ チカラバノミダレヲカンソクシタ』
『力場の、乱れ…』
『オレタチガ ピッツァデワープスルトキニ、カンジタノイズニニテル。
タブン、ドコカニワープシタンダ。 …オレタチノシラナイドコカヘ』
(知らない、どこか…?…確かに、この場所のことは何もわからないが)

『探しに行くノ!2人とも、きっとどこかにいるノ!』
『探すって…どこへさ?私たち自身はエーテル化してないから、普通の星へは飛べないんだよ?
リーベだって、先生だって、自力でこっちに入れないんだから、出て行けるわけ無いじゃない!』
『…くそッ!先生だけじゃなくて…シュイも、リーベも…!皆して行っちまいやがって…!!』

『………』

『…ひとまず、帰ろっか』



窓が閉じた。



「…やれやれ」

とりあえず、奴らの前に帰ってやらねばならない、と考える。だが、どうやって?

出る方法は愚か、どうやってここに入ってきたのかすら、彼女…リーベにはわからない。
「…まさか、あの世じゃあるまいな?」
心臓は動いているが、正直な話、そんなものがあてになるかどうか。









「…ここは、決してあの世じゃない」
「ッ」

耳に届いた、懐かしい声。

「…あの世でなければ、何だと言うのだ?」
「あはは…実際会ってみると、変わったもんだな、リーベ」
「…何故ここにいる、シュイ」

それは、死んだはずの声。もう聞けないはず、会えないはずの。

「それはこっちが聞きたいな。普通はヒトとは縁の無い、こんな世界に何の用があった?」
「用などあるものか。私はマドレーヌに引きずられてここに来てしまっただけだ」
「…なるほど、ね」

「それより…貴様、ここが何なのか知っているようだな」
「ずいぶん前から、ここにいる。…顔見知りともここではよく会う」
記憶の中とは違う、黒い服と赤黒いマントをまとうシュイ。自分より頭ひとつぶん背の高いシュイ。



「ここは、生だとか死だとか、そんな概念が存在しない場所だ」
「な…!」

驚かされてばかりだ。リーベは頭を振る。

「…驚いたか?まあ、当然だ。自分が2人いるなど、まずあり得んからな」
そこにいたのは、リーベだった。ただ自分より幾らか身長が伸び、シュイのように赤黒いマントを身にまとう。

「ここは、この世界に流れるあらゆる時間を内包する。故に、私が死に、シュイが生き残る未来も内包する」
マントのリーベはそう言った。
「あらゆる、時間…?」

「マドレーヌがビエ・マルクに捕まることなく、ひとりでジン・レオを食い止めた未来も存在する」
「世界に存在しないはずの外的存在、いわゆるイレギュラーの介入によって、変えられた未来も存在する」
シュイとリーベは、交互に口を開く。
「ここは、あらゆる『可能性』であり、そして『結果』。それをひとつにひっくるめた、不可解この上ない場所さ」
「この空間そのものが矛盾。故に矛盾はこの場所のルール。ここには時間の概念はなく、生命という概念も存在しない」



「たとえば、シュイが私をグミから助けてくれた未来がある」
ひとつ、誰かの姿が浮かび上がる。砕け散ったあの少女の、本当の姿。

「たとえば、私がナジョ=ドルーゴとともに警察から離反した未来がある」
ふたつ、誰かの姿が浮かび上がる。美しき姿、鋭い剣の、警察署長。

「たとえば、マドレーヌではなく私が宇宙へ飛んだ未来がある」
みっつ、誰かの姿が浮かび上がる。青い服を着た、厳粛なる老人。



「こいつらもまた、『可能性』によってここに立っているに過ぎない。
あるいは、『結果』によってここへ運ばれたのかもしれない」
「生も死もなく、ただ存在する。誰かが示した『可能性』と、その『結果』とが形となって」

3人の姿がふっと掻き消え、ふたたびそこは、リーベと、シュイとリーベだけが存在する場所になる。

「原初にして終焉。それが、この空間の本質だ。
『無』である故に『時』をも宿す、『外的存在(イレギュラー)』によって創られた場所」
貴様にわかるか、リーベ?問いかけられ、彼女は考え込む。

「この空間の主…『彼』は俺達の世界に入り込み、その存在が時を狂わせている。
何の理由と目的で、そこにいるのかはわからない。ただ、そこにいる。それが『結果』」









「…さあ、貴様はそろそろ帰った方がいい。主がそう言っている」
「な…?」
「出口はそこだ。そこから、ロケットの孵化室に出る」

リーベが手をかざすと、先程の窓のような円形の穴が空く。

「………ひとつ、いいか?」
「何だ」

リーベは後ろを振り返り、尋ねた。
「話を聞く限り、貴様は未来の私のようだ。
…私が貴様を追う『可能性』は、私の中にもあるのか?」



「ある…と言っておこう」
「そうか」
「だが、これも覚えておけ。未来などという不安定なものは、いくらでも姿を変える。
貴様が別の道を歩めば、それは新たな『可能性』と『結果』を生むだろう」
「…ふ」



リーベが飛び込むと、穴はゆらゆらと揺らめいて消えた。















「! ノイズ!」
「ぇ…ッ!?」
「ハンノウヲカクニン! フカシツ!」

慌てて駆け込んでみれば、壁に背をもたれながら座り込んでいるリーベがいた。

「心配をかけた。少々、不可思議な場所に飛ばされてな。時を見たよ、私は」
「はぁ…? まあいいや、無事で何よりさ」
「それより、時を見たってどういうことなノ?未来が見えたノ?」
ポモドーロとチャイに手を引かれ、立ち上がる。

「…未来…? …そう、なのかも知れんな。よくわからん。
私が見た…見せられたのは、時の流れの中の可能性と結果…それだけだ」
未来予知などと、当てにはならんと思い知ったよ。
そういって笑うリーベを見て、みんな首を傾げるばかり。









「マドレーヌが行かずに残る未来もまた、存在する。ここではないどこかに」
「…さっき言った、可能性と結果…ってやつか?」
「だろうな。…まあ、気を落とすな。奴とまた会える可能性は、まだ潰えたわけではなかろう?」

「…、ぇ?」

「どういうことなノ?マドレーヌ先生、まだどこかにいるノ?」
「違う」
「ちょ、違うって…。さっきから言ってることわけわかんないよ、リーベ?」

「…いつかまた会えるのか、二度と会えないのか、そんなことは知るものか。
あえて言うなら、どちらも不確定の虚像、可能性に過ぎない。ただそれだけのことだ」
そういうリーベは、どこか遠い目をしている。

「…リーベ。その可能性…どれくらいの確率なの?」
「関係ない」
シュガーが問いかけると、即答で彼女は斬って捨てる。

「関係ない?そんなわけないわ。あまりに低ければ、それはただのおとぎ話よ」
「ふん。これだから、優等生は」
「…何か言いたいことでもあるの?」
相当に苛立った声。対して、涼しげな返事が返る。

「何でもかんでも数値に当てはめて…最後に馬鹿を見るのは貴様自身だぞ」
シュガーを振り返らず、リーベはブリッジへ足を運ぶ。
「…おとぎ話と笑い飛ばせば、その可能性は見る間に消えてなくなるのさ。
たった1%でもいい、かけてみるから結果へとたどり着ける。…違うか?」
「…」

その問いに、シュガーは答えない。
















「…さて、そろそろ到着のようだぞ」
やがて、窓の外の景色を見ながら、そう言った。









眼前に近付いてくる、コヴォマカ。

まだ小さく、それでも徐々に迫ってくる魔法学校。



…ひとつの可能性が、結果になった。









fin

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