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四四十六茶小説



白銀幻雪


「ねえ」
「何だ」
ピンクの服を着た女性に呼ばれ、黒い鉢巻の男性が手を休めて顔を上げる。

辺りは暗い。朝や昼間、夕方は多数の生徒と教職員たちで賑うここ、ウィル・オ・ウィスプも、
この時間となればことごとく明かりは消され、一部の例外も、夕方のような明るさは無い。

「外、見て」
女性は静かに、けれど年不相応な無邪気な笑顔を浮かべ、窓の外を指差す。
「…。雪、か」
その先には、ちらちらと舞う白いもの。曇った窓を手で拭き、しかしすぐ吐息でまた窓は曇る。
それゆえに注意を向けなければわからなかったが、今まで仕事に集中していて注意など向けもしなかったが、
なるほど確かに雪が降っている。地面に落ちては消えていき、また降ってくる。

「もっと降らないかなぁ。そうすれば、雪で遊べるのに」
「そ・の・ま・え・に・し・ご・と・だ。普段放っておいて、溜まった分をいつも徹夜で片付けているのは、どこの誰だ?」
「…ぁぅ」
窓に張り付いて『もっと降れ、もっと降れー』と食い入るように外を見ている彼女に、呆れたように男性は釘を刺す。
女性はその一言でしょげかえったが、しかし書類に向き直ると、年相応、真面目な大人の表情に戻って仕事を再開した。

彼女が何故、昼間の仕事を溜め込んでしまうのか。それは、昼休みの彼女の行動に起因する。
時々校庭に出て、生徒達と一緒にそこらじゅう駆け回るのだ。『仕事そっちのけ』で。
おかげで何日かに一度未処理の書類が発生し、何日分かが溜まると、こうして徹夜する羽目に陥っている。

だが、それでも彼女の評価はかなり高い。職員からも生徒からも、信頼され、そして慕われている。
彼女と一緒にいる時間を、大多数の生徒が『楽しい』と回答していることが、この事実に信憑性をもたせている。
生徒達と遊ぶ彼女は、(少なくとも)24年を生きているとは思えないほどに子供っぽい…否、生徒達と同年代の子供そのもの。
時々転んで服が土埃だらけになっても、ちょっとかっこ悪いところを見せてしまっても、彼女が少し照れたように笑えばソレで済んでしまう。
身長差こそあるけれど、彼女のピンクの服と赤いリボン飾りが、不思議なほどに目立たない。むしろそこにあるのが当たり前だ、とまで思える。

大人になっても、昔のままずっと変わらない。精神は大人でも、子供のままの心がある。
ソレは大人な子供ということなのかもしれないけれど、子供な大人であるということ。
いや、子供な部分が残っているからこそ、彼女は何を生徒達に教えるべきかがわかった。
何を伝え、何を分かち合えばいいのかを。そして、何が必要なのかを理解していた。

まだ幼い子供にも、成長しきった大人にもない何かを持っている。それが、女性…マドレーヌの魅力だった。

「まったく…。これだけの量、よく溜め込んだものだ。俺が戻らなければどうするつもりだった?」
どれだけの時間が経っただろうか。外はさらに暗くなり、書類の山はだいぶ低くなっている。…男性の机の上だけ。
「戻ってくるまでためこんでた…と思う」
決まり悪そうに、マドレーヌは照れ笑いした。男性はため息をつきつつも、マドレーヌの顔を見たのと、自分のお人よし加減に呆れたのとで苦笑する。



「残業、ご苦労」
かちゃり―がたん。…静かに扉を開け閉めして入ってきた、青い服の老人。

「こ、校長先生…!?」
「今日も昼休みに外で駆け回っておったと思えば…。ツケを払わされているようじゃな?」
「す、すみませんっ…」
悪戯っぽく、老人は笑う。赤面して縮こまるマドレーヌがツボだったのか、男性と老人は揃って声をあげて笑った。
「…むぅ。二人して笑うなんて、酷いじゃないですか」
「ほっほっほっほ。まあ、あまり彼を巻き込むんじゃないぞ?出張帰りで、今朝はだいぶ疲れておったようじゃからの?」
老人は、男性を指して、そう言う。当の男性は、先ほど笑っていたと思えば、もうマドレーヌの分(といっても、元々が全てマドレーヌのものだ)の書類に手をつけている。
「心配は無用だ、グラン。幸い、今年の予定は今朝ですべて消化したからな、多少の余裕はある」
左手でさらさらとペンを通し、開いている右手をひらひらと振る男性。少しして、彼は席を立った。

「…おぉ」
「どうしました、校長?」
窓際に移って、感嘆の声を上げた老人に、マドレーヌは声をかけた。
「雪が積もっておる。夜明けまでにはもっと積もるぞ」
「やったー!…は」
『もっと積もる』に反応したのか、ことさら子供っぽい反応を示す彼女。が、近くにいる上司と同僚のことを思い出し、赤面。
「はしゃぐのは、これを片付けてからでも遅くないだろう?」
男性はマドレーヌの机を指差した。いつの間にか、コーヒー入りのカップを3つ乗せたトレーを右手に持っている。
「これはこれは。せっかく用意してもらったことだ、いただくとしようか」

コーヒーには、茶色というより白に近くなるほどミルクを入れてあり、砂糖の甘味もはっきりと感じ取れる。
「珍しいわね。いつもはこんなに甘くしないのに」
「疲れたときは、甘いものがいい。いつもより砂糖を多めにしたんだ」
マドレーヌからの問いかけに、至極あっさりとした回答を男性は返す。

「…では、私は戻るとしよう。あまり長引かせないようにな?さもなくば、この雪の中を帰ることになるぞ」
「お、脅かさないでくださいよ…」
「ふぉっふぉっふぉ…」
来たときと同じように悪戯っぽく笑いながら、老人…グラン・ドラジェは職員室を後にした。
「…さあ、残りは数えるほどだ。終わらせて、一休みしたら帰ろう」
「そうね。今はだいぶすごい雪だけど、少し待てば弱くなるかもしれないし」









「…ん、んぅ…」
マドレーヌは、思考の利かないぼんやりとした頭を懸命に働かせる。視線だけ動かして時計を見ると、朝の5時を回っていた。
「…んん…?」
少しずつ、さっきまでの記憶が思い出せるようになってくる。

あの後、書類を片付けたのはいいが、雪は一向に収まる気配を見せなかった。そのまま待っているうちに寝てしまったのだろう。

耳元から、自分のものではない寝息が聞こえる。…そういえば…?
「…。…ッ!?」
そこで彼女は気付いた。自分が男性の肩に寄りかかって寝ていたこと、何故だか同じ毛布に包まっていたこと。
ばっと立ち上がり、数歩後ろへ。寝起き直後の気だるさなど欠片も残さず吹き飛び、心拍数は一気に上がり。
「ッ!どうした!?」
そんな派手な動きが近くであれば、当然男性も起きる。彼は辺りを見回して、やがて何故か赤面して呆然と立っているマドレーヌを見つける。
「…何かあったのか?」
「え!…別に。なんでもないわ」
そう、なんでもない。ある意味意識を失ったのだから、彼に寄りかかるくらい、なんでもない。無理に自分に言い聞かせ、深呼吸。
「…」
様子がおかしいマドレーヌを怪訝に思いつつも、あえて男性は追求をするのはやめたようだ。代わりに、曇った窓に目をやる。
「…外が明るいな」
立ち上がり、手で窓を拭く。

「…おい」
「何?」
男性に呼ばれ、俯き加減で悶々としていたマドレーヌは、はじかれたように顔を上げた。
「外、見てみろ」
言い終わるが早いか、男性は窓を開け放った。冷たい空気が、職員室に入り込む。
「…わぁ…!」

雲ひとつなく、抜けるような暁の空。朝日を受けてきらきらと輝く、白銀の絨毯。
粉雪が降り積もる宵闇とは違い、しかしそれは同様に幻想的な何かを含んだ世界。

「…だいぶ、冷え込んでいるな。これなら雪が溶けたり、中途半端に凍ったりすることも無いだろう」
「やったー!雪合戦ー!」
「……」
まったく懲りていそうも無いマドレーヌを見て、男性はため息をついた。
「…今度は溜め込むんじゃないぞ?」
「わかってるってば」
そうは言うが、彼女は見るからにうきうきしている様子で、恐らく溜め込むだろう。

『…ぉ?なんだなんだ?二人して仲良く泊まりだったのか?』
「!」
そこへやってきた別の同僚にひやかされたのは、また別の話。



「今度の休みだけど、さ」
「ん?」
「その…ええっと…」
「…?」
マドレーヌ、何事か男性に耳打ち。
「そんなものを?何故?」
「…わかってるくせに」



休み明けの始業式、普段装飾品の類を身につけない彼女が、指輪をつけていたという目撃証言が後を絶たなかった。
冬休みの間、彼女に何があったのか。それは彼女本人にしかわからないことだろう。



…了?

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