闇黒の狂姫 〜邂逅、そして another side〜
「…は。大したことも無い」
紅き凶刃の前に、すべてが倒れ伏す。
「っく…さらにウデを上げたか!」
「私とて、ムダに師の元で2年半を過ごしてはいない。
貴様もウデを上げたようだが…、話にならん」
ニーベとナジョの剣も、ビエ・マルクの武術も、たった一人の少女の前に無力。
「その程度で、この私を…この闇黒の狂姫を止めようなどと、片腹痛い!」
紅の軌跡と、銀の軌跡とが交差する。拳が黒を打ち据える。
無数の蔦が黒を絡め取ろうと伸び、押し潰すべく巨岩が降る。
「………」
狂姫が大きく跳び上がり、空中でくるりと向きを変える。
満月を背に、マントが翼のようにはためく。
「母なる惑星(ほし)に生まれし命よ、我が呼びかけに答えたまえ。
聖なる光輝の内より出でて、我が元に来たらんと望む。
其の源は光、汝が名はルクス…! コールっ!」
軽快な音とともに、喚び出された光。
「…光の…精霊?」
「フン。精霊の力を使役できるものがまだいたとはな」
「終わらせてやる。貴様らなら目一杯やっても死にはせんだろう」
何事かぶつぶつと呟きだす。
「ひろがりゆく慈愛の抱擁。優しき月光よ、暗闇を包め」
4匹の精霊が輪を描く。その中央に集う光。…月の光。
「何をぼさっとしている!さっさとそこから散れ!!」
躍り出た、もう一つの黒。
それは深淵へと繋がる門。奥なる闇はすべてを呑み込み、万物を漆黒に染める。光なき世界、永久に彷徨え。
「ムーンライト!」
「…ブラックホール」
光の奔流が、虚空に開いた穴へと吸い込まれていく。
もう一つの黒の従える七つの闇が、光を打ち消し、光を全て呑み込み、なお狂姫をも飲み込もうと勢いを強める。
「…やはり闇の血を引く身では、この程度が限界か」
ふっと姿を消し、黒同士が背中合わせ。
「まったく、君っていう子は…。どれだけの才能をその体に隠しているのやら」
「こちらの台詞だ。貴様こそ、それで本気ではあるまい?それこそどれだけの力を貴様は隠している」
次の瞬間には金属同士のかち合う音。足音、何かが高速で駆ける音、再び金属がかち合う音。
「…似ている」
「ほう…?」
ぎりぎりと刃どうしで鍔迫り合いをしながら、黒い男性が呟いた。
「…だが、貴様には関係の無いことだ」
「やれやれ…これでまだ発展途上だなんて。将来、末恐ろしい」
狂姫の鎌を強く払い、後ろへさがる。がぎん、と鈍い音がして、狂姫も後ろに下がった。
「アビス!」
「ヘルダイス」
無詠唱で放たれた怨念の塊。だがそれらは、狂姫を覆った闇の壁を貫けずに消えた。
「つああああッ!!」
「ッ」
大振りの、大剣の一撃。ガラスか何かが砕け散るような音が立つ。
ただ見ていることしか出来ない自分。
自分より遥か上の世界の戦いを垣間見ながら、彼女は呟いた。
「…彼女は…本当にヒト、なのか…?」
「アイツは…とっくに化けてたんだよ。3年前、風の星で」
「…?そういえば、あなたは彼女と初めて戦ったんだったな、オウ・キュウリ」
「ヒトってもんは、大事なものを失くしたときに修羅になる…。本当なんだって、嫌ってほど思い知らされたぜ」
「…修羅…か」
呟いて、風の星で戦ったときの、彼女の目を思い出した。
まっすぐな憎しみと怒り。殺意と狂気を、瞳の輝きは隠そうともしない。
滅する。ただ滅するのみ。そんな言葉が彼女の口から聞こえそうなほどに。
存在するのは、復讐。
彼女が兄と慕った『彼』を、彼女から引き離した警察への。
そいつらと手を組んで、マドレーヌをさらった海賊への。
そもそも彼女らが宇宙へ飛ぶきっかけとなった、消息を絶ったマドレーヌへの。
それらすべての糸を引く、黒幕のジン・レオへの。
―全てを叩き壊してやるのさ!
私の兄を…あるいは、生涯共に歩いてくれたかもしれなかったシュイを…。
私から奪っていったものの全てを!この世界の全てをな!!
「ッ」
「そこまでだな」
ひときわ高く響いた金属音。男性の首筋に当てられた、大鎌の刃。
伝える情報はたった一つ。男性が敗れた。
「…この鎌じゃ、ヒトは殺せないんじゃなかったっけね?」
「直接の傷は無い、というだけの話。この鎌が与える痛みは、私が魔力を流し込むことで制御している。
…それが望みだと言うなら…ショック死するほどの痛みを貴様に与えてやれるが」
「結構。…それで。一息にトドメを刺さないということは…まだ俺に話でもあるのかな?」
「…私は、既に目的を果たしたのだ。これ以上の戦いなど、私にとって無駄なこと。…今は、な」
鎌をどけないまま、狂気は無表情に淡々と語る。
「烏合の衆の管理を徹底してもらおうか。跡を濁す鳥がこう多くては、困る者も多いのでな。
新しい鳥小屋でも建てたらどうだ?雛から育てなおせば、多少は近所迷惑も減ろう。
…後は…もう私を追ってくれるな。…私が、貴様らに失望する前に」
「…リーベ・ロトス…」
本部へと撤収する宇宙船の中、ナジョは1人呟く。
「…あなたが行き着く果ては、どこにある。…修羅よりも先へ…神にすら近付いていくあなたの行く果ては、いったい…?」
「…いやはや、情けないところを見せた」
男性は何事もなかったかのように平然と立っている。
「…警視長が敗れるほどの力など…私は聞いたことがありません」
「…。そりゃあ、そうだろうね。俺に勝てたのは、エチュードただ1人だったから。…さっきまでは」
「…」
「…彼女の動きは、『彼』に似ていた。…あるいは、彼女の師がエチュードなのかもしれない」
とんでもない師弟が揃ったものだ。彼はごちた。
「…彼女は…」
「?」
「彼女は、何処へ向かっているのですか」
「…。どうだろう…ね。多分、師匠は軽く飛び越して、どこか別の世界にでも旅立つんじゃないかな」
「………。そう、ですか」
「まだひとつだけ、果たしていない目的が彼女にはある」
「?」
「マドレーヌを一発ぶん殴ってやるらしいよ?『生徒を置いて1人で他所に行くようなマネはするな』ってさ」
「…」
「彼女、マドレーヌはどこかで生きてると思ってるみたいなんだ。…俺もそう思う」
「…私は、何も言いませんよ?」
「俺だって何も言わないさ。…ただ、信じる信じないは人の勝手だし、俺の勝手さ」
「………」
他愛ない、上司と部下の話。
了とする