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四四十六茶小説



闇黒の狂姫 〜邂逅、そして〜



「…どう、して…!?」
「どうして…とは?」

問いかけた言葉は、弄ばれるように投げ返される。

「どうしてあなたが、こんなところにいるの!」
「貴様の目の前にあるもの、ソレが答だ」

「おかしいよ、リーベ!」
「リーベ…?人違いだろう。少なくとも、私はそんな名ではない」



帰ってきて、まるで何処かへと急ぐかのように学校を卒業していった少女。

去らなければならないはずの場所にとどまり、正義の守り手たる道を選んだ少女。



なぜ、こんな風に再会しなければならなかったのか。



「何故あなたが、海賊を…!もう復讐はやめたって…!」
「さっきから何を言っている?私は貴様の言う、リーベとかいう女ではない。
わかったのなら、さっさとこいつらを連れて行くがいい」
言いながら彼女は、骸のように動かないラッコ達を次々放り出す。

くるくると巻いた長い金の髪、アメシストのような紫の瞳。
漆黒のマントの下に覗く、見覚えのある服。
あの時と違い、目つきはさらに鋭く、何もかも射抜く覇気を宿す。

黒ずくめの彼女と対峙する、2人の女性。
彼女らは、そのマントの下のいでたちをよく知っていた。

「リーベ!」
「何度言えば分かる?」
「何度言われても分からないわ!なんであなたがここにいるの!」
言い寄る彼女の名を、シュガーという。彼女はマントを翻して去ろうとする背中に呼びかける。
「…説明を請わねばわからんというバカではあるまい、貴様」
呆れたように嘲笑を浮かべ、黒ずくめの彼女は頭を振る。
「もう一度言う、人違いだ。私にも次の目的地というものがある…これ以上追いかけてくるな」
肩越しにシュガーを見据えながら、威圧の為の刃(コトバ)を投げかける。
「っ」
無意識に足が竦み、一瞬。もう黒い彼女との距離は開き始めている。

「…何をしようっていうの…?」









水の星で、海賊の残党が一斉に捕まったという報せが届いた。















「…」
「ここにいれば、来ると思ってたわ」
「リーベ・ロトス。いったいあなたは、別人を装って何をしている?」
「そのまえに…だ、貴様ら。そこに立つ意味を分かっているか?」

再びあいまみえる、2人の警察と黒い彼女。

「こうでもしなければ、あなたは立ち止まってくれないわ」
「…くくく。やはり…わかっていないようだ」
一挙手一投足、そのたび背筋を冷たいものが伝う。それだけ、目の前の彼女の威圧感は凄まじい。
「私の前に立つものは、全て叩き潰す」
「っ!?」
彼女が、体を少し前に傾けた。シュガーが見たのはそれだけ。
「シュガー、危ない!」
横から割り込むように振るわれた剣。そして風を切る音。



「…ほう?」
軌跡を見てから悠々と剣を避け、彼女らの頭上を飛び越え、少し離れた場所に着地する。

「…っ?今の動き…」
それを見た2人に、ある光景がよぎった。

風の星、マドレーヌの幻影を映し出したあの場所。
その奥にいた虫と戦ったとき、追いついてきた『彼』。






『どけッ!』
『ッ!』
シュガーの後ろから、人影が飛び出した。
それは虫とシュガーの間に割り込むと、ボムを投げつける。

『遅い。いつまでもたついている気だ』
振り向かぬまま、彼は言う。

『―――!!』
声ならぬ声をあげ、虫が突進をかけてきた。
『…ふ』
そして、彼は虫を飛び越えて見せたのだ。
『…遅いと言っただろう?』

たやすく避けられるほど遅いわけじゃない。
むしろ速い。シュガー達に当たらなかったのは、ほぼ運だったといっていい。

だが、彼は避けた。まるで、虫の攻撃をあらかじめ見ていたかのように。






「…ブレッド…?」
「あれは…エチュード、か…?」
彼女らの記憶に、あれほど動ける魔法使いは、その名の者を置いて他に無い。
発した名の違いには、互いに気付くことはなかった。



「噂に聞くより、腕は立つな。ナジョ=ドルーゴ…といったか」
「白々しい。私達は一度、対峙しているはず」
「さて、な。憶えがない」
空中で姿勢を入れ替え、向き合った黒い彼女とナジョとの受け答え。

「そこで待ってろ?海賊どもは私の手で成敗する…そう決めているのでな」
「待つのはあなたよ、リーベ」
去ろうとする彼女を、シュガーはなおも呼び止める。
「…。いい加減、そろそろイラついてきたんだがな?」

「あなたが海賊狩りをしているのはわかったわ。それなら何故、警察にも手を出すの?」
「…。聞くところ、未だ横暴を働く警察官もいるとか?」
「っ」
警察の改革が未だ目標レベルに達していない実情を突かれ、言葉に詰まる。

ジン・レオの一件から、わずか数年。
大まかな体裁は整えられても、細かいところまでは繕いきれていない。
それが、新しい宇宙警察の現状。まだ課題は山と積まれていた。

「まあ、そんな性根腐った連中でも殺しはせん。私の目的は、単に制裁を与えるのみ。
話はそれで最後か?終わったのなら、これ以上呼び止めてくれるな」
闇色のマントをはためかせ、黒い彼女は走り去った。



「…リーベ…」
「何をしようというのかしら、彼女は…」
たやすくかわされた剣を眺めながら、ナジョは少し悔しそうに、剣を鞘に収めた。









木の星で、海賊の残党が一斉に捕まったという報せが届いた。















「…貴様ら」
「あなたの行為は、公務執行妨害に関しての警察法に抵触しているわ」
「だから取り除くか。横暴もここまでくればいっそすがすがしいな?」
バカにするように笑いながら、数十人規模の警察隊と対峙する黒い彼女。
「…リーベ。はぐれ海賊の検挙は、私達警察の仕事なの」
「は。何も変わっていない貴様らに任せてなどおけるか。
それに…何度も言うようだが、私はリーベではない」



「…構うな、かかれ」
ナジョの指示で、警察官が黒い彼女を包囲する。
「どうあっても、邪魔をする気か」
「しばらく刑務所に閉じ込めておけば、いくらあなたでも頭を冷やすでしょう?」

「…くくく…。わかってもらえず、残念だ。…まあ、端から期待などしていなかったが、な」
口の端を吊り上げ、黒い彼女は不適に笑う。



「ならば消え去るがいい、私の目の前から!!」

彼女の眼前に広がる闇。取り出したのは大きな鎌。
刃は血に濡れたように紅く、まるで彼女が死神であるかのような錯覚を抱かせる。



「黒いマントに、死神のような鎌…。まさか、あなただったとは」
「今更気付いたところでどうする」

「…闇黒の狂姫(ダーク・タイラント)…」
それが、黒い彼女の通り名。名前は分からない、だからそう呼ばれた。

「死にたくなければ逃げるがいい!私は死神では無いからな、逃げても追わんぞ!?」
そう言って、近場の警察官に狂姫は狙いを定める。
「ひ…!?」

ざん

刃がその首にめり込もうと傷はない。そのまま反対側へ引き裂いても傷は無い。ただ、血飛沫のような光が飛び散るだけ。
「ぐぎゃぁああああ!?」
だが、外傷もないままに首を刈られた彼は、そのまま動かなくなった。

「…ひとり」
呟く。

『うわぁぁぁ…!?』
『死にたくない…来るな、来るなぁッ…!!』
蟻の子を散らすように、一斉に逃げていく。



「っははははは…!」
それを見て…いや、見下して、狂姫は笑った。



「…さて?」
ひとしきり笑うと、狂姫はたった二人残った者達を見据える。
「力量差を見誤るような貴様らでもあるまい。帰ったらどうだ?」

「リーベ…」
「…ダメです。アレは私達では到底相手にできない…」
「だけど…!仲間が殺されたのよ!?」
激するかのように、シュガーは叫ぶ。対照的に、努めて冷静なナジョの声。
「彼女は必ずしも私達の敵ではない。ここで戦って死ぬのは、100%ムダです」
説得され、多少は上った血が引いたらしい。いくらかの落ち着きをシュガーは取り戻す。



「わかってもらえて嬉しい…が、ひとつ勘違いしているな。そいつは気絶しただけだ」
構えた鎌をおろし、笑みも消し、怜悧な視線を投げかける。

「気絶した、だけ…!?」
「よく見ろ。確かに私は首を狙ったが、別にそれで首が飛んだわけでもなかろう?」
促されて視線を動かすと、確かに首はしっかりとくっついている。…息もしている。
「こいつは元々、痛みだけを与えるように呪いをかけられた拷問器具だからな。
…もっとも、直接死なずとも、痛みでショック死することも十分ありうるがな?」

「そんなものを…そんな外道の器具を持ち出してまで、何故…!」
これには、さしものナジョも激昂し声を荒げた。
「前にも言ったな…私の目的は、あくまで制裁にあると。そこに命を奪う必要があるかと聞かれれば、否」
つまりは、そういうことだ。狂姫はそのまま、鎌を肩に担いで去っていく。
「だからって、ここまで非道なことをする必要なんて…!」

それが聞こえたのかどうか分からない。ふと狂姫は立ち止まった。

「犯した罪に与える罰が必要だったように…愚かな者を是正する裁きもまた必要だった。
私はただ、その裁きに『痛み』という形を選んだに過ぎんのだよ」











火の星で、海賊の残党が一斉に捕まったという報せが届いた。















それ以来、闇黒の狂姫を…黒ずくめの少女を見たものは、誰もいない。
彼女が現れてから、各地で海賊を相手に暴れ、消えるまで、ちょうど1年だった。















「久しぶりだな、シュガー。3年ぶりか?」
「…!!」

シュガーが警察としての仕事でコヴォマカの地を踏んだその日、彼女は現れた。

「…どうした。ヒトじゃないものでも見るような目で」
「どうしてここにいるの…?」
「何を言っている?話が見えてこない」
不思議そうに眉を顰め、彼女は尋ねてきた。
「…別の星に行ったことはない?」
「ないが、それがどうした」
「ウソね。私は確かに、他の星であなたを見たわ」
「それこそウソじゃないか?私は今までずっと、この星にいたぞ?」
主張のかみ合わない2人。シュガーの顔が険しくなる。一方のリーベは、顔に浮かべた困惑の色を強める。
「…闇黒の狂姫なんて名乗って、何がしたかったの?」
「闇黒の狂姫、だと?知らないぞ、私は」

「何を騒いでいる」
横からかかった男性の声。

「ブレッド…先生?」
「久しぶりだな」
現れたのは、ブレッドという元教師。…いや、今も教師なのだろうが、3年間ずっと行方不明だった男。
「今まで何処にいたんですか?ルフラカン洞窟から出て行っても、結局追いついてこなかったのに…」
「少々、静かに過ごしたくなったからな。しばらく行方をくらませていた」
苦笑しながら、ブレッドは答える。
「…それで、何を口論していた?」









「…ここ3年のリーベの所在、か」
「シュガーが私のことを闇黒の狂姫だとかなんだとか言うんだ。私はさっきから違うと言っているんだが」
「いいえ、あれはリーベだったわ。一緒に旅をした仲間の顔を見間違えたりなんかしない」
シュガーには確信があるようだった。
「……」

何やら黙り込むブレッド。やがて彼は切り出す。
「リーベは2年ほど前に俺を探し当ててから、ずっと俺の許で修行していたぞ?」
「…は…!?」
「もっとも…リーベ自身はたまに、一週間ほどを一塊に外出していたがな。
その間何処にいたかは流石に知らんが、少なくともそれ以上長く帰らないことはなかった」

ブレッドの目は、嘘をついているようには見えない。
仮に嘘だとしても、シュガーはそれを暴くための材料を何一つ持っていなかった。

「聞けば、その闇黒の狂姫とやら。巷で『エチュードの再来』…とか騒がれていると聞いたが?」
またしばらく黙り込んだブレッドは、唐突にシュガーに問いかける。
「…ダーク・タイラント。直訳は闇の暴君、転じて闇黒の狂姫。そう呼ばれるだけの力を彼女は持ってる。
警察でも危険視する人が多くて、要注意人物に指定してるわ」
「なるほど。…しかしダージリンのヤツ、何故動かなかった…?」
「ダージリン…?ダージリン警視長をご存知なの?」
ふとブレッドが呟いた名前。シュガーにも覚えがあるその名に、きょとんとした顔で聞き返す。
「俺の旧友だ。それにしても…警視長…か。そこまで高い階級に出世していたのか。…親友として鼻が高い」
あっさりとした答えを返すと、急に感慨に耽りだすブレッド。
「あ、あの…?ブレッド先生…?」

「しばらく放っておけ。私もコイツの許で修行を始めてから知ったんだが、どうやらノスタルジアの気があるらしい」
「…年寄りくさ」
こそこそと小声で二言三言。

「まあ、ともかく…。私が他の星へ飛んでいないことは、今言ったとおりブレッドが証明してくれている。
だいたい、ニウマーナだって今は国で管理している。それは警察である貴様も知っているはずだ」
1週間の空白はどうしても気になってしまうが、リーベの言うことは事実。
リーベは確かにニウマーナの発見者だったが、それでも易々とニウマーナの使用許可が出るとは思わない。
…ブレッドが何か手を回したかもしれないが、それにしたって証拠は無い。無用な追及は反撃を受けるだろう。

「…そう、ね。ごめんなさい、急に疑ったりして」
「いや。わかってくれればそれでいい」
いつもの調子で無表情に言いつつ、彼女はブレッドに目を向ける。



「いつまで飛んでおるか、このうすらボケがッ!」
「ごは!?」
リーベ、ブレッドの背中を激しく爪先で蹴る。



「…。ああ、話は済んだのか?」
そして何事も無かったかのように起き上がりながら、話に戻るブレッド。
「………」
「気にするな、シュガー。こいつは最近、こんな奴だ」
学校にいた頃に見ていたブレッドとは、似ても似つかぬ喜劇。唖然とするばかりのシュガー。









「おーいっ!」
ふと、遠くから響いた声。
「…ああ、待たせていたな」
どうやら、ブレッドの連れらしい。じゃあな、と背を向けると女性のもとへ駆け寄っていく。

全身ピンクの服、腰まで届く茶色のウェーブがかった髪。
声はどこかで聞いたような気がしたが、彼女の特徴とも言えるものを、その女性は持っていない。
それは水玉模様の、赤いリボン飾りがついたカチューシャ。

蝶の羽のように広げられた、純白。その女性のカチューシャは白く、6枚羽をあしらう羽飾りだった。

「…ねえ、あのヒト…」
「…。ああ、似ている…。だが、どこかはわからんが…違うな」
「あんな穏やかに…ううん、純粋に笑うようなヒトじゃなかったしね」
他人の空似のその女性。2人は、その笑顔のいくつかを思い出していた。

たとえば、そこには空回りしそうなほどの明るさ。
たとえば、そこには何もかも包み込んでしまいそうな慈愛。
たとえば、そこには隠したくても隠し切れない悲哀。

彼女は…マドレーヌは、確かに魅力的な笑顔を持つ女性だった。…だが。

…800年。それ以上の年月を生きた彼女は、心の底からまっすぐに…無垢に笑えるような女性では、決してなかったのだ。
きっと、知りすぎてしまったのだろう。世界というものを。心というものを。…笑うということを。









「…世界は、確実に変わっているぞ」
「ぇ?」
まるで恋人同士のように寄り添って歩くブレッドと女性を見送りながら、リーベは唐突に口を開く。
「なんのかの、幹部の連中も改心しているんだろう?…ビエ・マルクもあの爆発の中、しぶとく生きていたようだしな」
「ぇ?…まあ、ね。みんなルーマオさんに喝を入れられたみたいよ」
思い出し笑いか、はたまた苦笑か、くすくすと笑う。



「シュガーくん。君に与えた仕事は、こんなところで立ち話をすることじゃなかったはずだ」
「「ッ!?」」
何処からかの声。

「上…ッ!?」
いつの間にか、建物の屋根に黒マントの男が立っている。対照的な白銀の髪が目に付いた。

「…情報漏洩ギリギリの話をされちゃ、こっちとしても大変に困るんだ。自粛するように」
「はっ、申し訳ありません」
ふわりと飛び降りてきたその男に、シュガーがびしっと敬礼を返す。
「とりあえず、仕事に戻るように。俺も後から行く」
「了解です。…じゃあね、シュガー」
挨拶をひとつ投げてよこし、慌てて彼女は何処かへと飛んでいった。文字通り。



「…さて?さっきまでの話を聞いた限りだと、ブレッドの弟子みたいだね?」
にこにこと微笑むその男に、先程までの威厳など微塵も感じない。
「貴様に与えられた仕事は、こんなところで立ち話をすることか?」
「あははは、手厳しい。…でもね、それが仕事なんだよ。闇黒の狂姫…くん?」

代わりに、有無を言わせぬ絶対の威圧が現れた。

「…。なるほど、経験と勘…というヤツか?」
「…素直だね?」
「貴様には及ばないまでも…私とて、力を得た者の端くれ。力量差くらいは理解できるつもりだ」
「さてね、それは買いかぶりすぎじゃないかな?その力量差だって、それほど大きいものじゃない」

今からコレじゃ、俺が追い抜かれる日も遠くはないかな。小さく呟いた。

「本題に入ろうか。君がブレッドの弟子であることを考えるに、彼は君に自らの持つ業(わざ)を全て伝えているね?」
「ああ。私はその大半を、実用に耐える形で習得している」

「俺もブレッド自身から話を聞いていた。『弟子を取ってみたが、あれはいつかエチュードの名を継ぐかもしれない』と。
女の子だとは思わなかったけど…なるほど、大した力だ。君なら星間ワープくらい、朝飯前だろう?」
「…!」



「…。私をどうする気だ?警察は私を要注意人物に指定しているはずだ」
「どうもしないよ。ただ、親友の弟子を一目見ておきたくてね」
…それに。付け足すように、彼は言う。
「君は確かに大暴れしたけど、誰一人殺してはいない。そんな殊勲ものの優しい女の子に手なんて出せないよ」
「なッ」
優しい、と言われて急に動揺するリーベ。
「わ、私は闇黒の狂姫とまで呼ばれた人間だぞ?そんな名を貰うほどの私が、優しいなど」
「君が優しい人間のように思えたから、優しいと言っただけだよ、俺は」
「…」
何故か、リーベは何も言わず目を逸らした。



「…さて。一見平和なこの国だけど、実は裏でたくさんの問題を抱えてる」
「…? ずいぶんといきなりだな」

「昔、エニグマはこの世界の支配を狙っていた。彼らは、ガナッシュが今も抑えてる。
…だけど、他にも物騒な連中は後を絶たない。警察の目もかいくぐって、そこかしこに現れる」
ダージリンは今までの笑みを消し、無表情に語り始めた。
「そんなものだろう。人というのは、良くも悪くも欲求に衝き動かされるものだ。
こう言っては悪いが、暗い欲求に飲み込まれる者の百人や二百人、そう珍しくもあるまい」
「そんなヤツらが、虎視眈々と色々なものを狙ってる。表で、裏で、俗に言う悪事を繰り返しながら。
彼らにとって、平和というのはまさに、大手を振って行動できる時期なのさ」
「人の意識も緩む、さらにはだんだんと平和ボケして、事件を他人事のように思う。ばかばかしいことだ」
ばかばかしそうに、というよりは本当に馬鹿にしている口調で、リーベは彼の話に相槌を打つ。

「それは平和という秩序を破壊する。秩序が壊れれば、やがて何もかもが滅びてしまう。
『人は秩序無くしては生きられない。たとえそれが、偽りであっても』…昔の、誰かの言葉だ。
だから俺達は、それを守るために戦っている。いつ終わるとも知れない秩序を…平和を守るために」
「それはそれは、ご大層なことだ。だが、意味はあるのか?いつかなくなるような物を守ることに」
「…意味?…さあ、どうだろう。少なくとも、そんなものは初めから無いんじゃないかな?」
「無意味…だと?意味が無いと知りながら、何故戦う?」
そう尋ねると、ダージリンはまた笑みを浮かべた。



「強いて言うなら、自分勝手さ。俺達の自分勝手で、この世界を守る。世界を変えることすら視野に入れてる。
…笑うかい?俺達は、この世界の守護者を名乗ってるわけだけど」
僕なら笑うね。質問しておきながら、自分でそんな事を言う。



「…いや、笑わないさ。私だって、この手で世界を変えてやろうとか、昔は思ってたからな。
…それで?私にそんな話をして、どうしようと言うんだ」

「単刀直入に言えば、手を貸して欲しい。少数精鋭っていうけど、質の優位はあっても、数で致命的な後れを取るのが実情でね。
それは君もわかってるはず。君でさえ、はぐれ海賊の討伐に1年かかったんだから」
「どれほどの力を得たところで、所詮人ひとりにできることなどたかが知れている、と。そういうことか」
「そう。だから君に、協力を頼みに来た。…有名な戦士の二つ名は、それだけでも抑止力になるから」



「…それは、警察幹部としての頼みか?」
「いや。俺個人としての頼みだ」



「…。わかった、手を貸そう」
そう答えるのに、さほど時間はかからなかった。

「そう言ってくれると思ったよ。君は存外に優しいから」
「…っ。だから、何故そうなる…」
褒め言葉を言われるのに慣れていないのか、リーベはふいと顔を背ける。
「…優しいとかって、言われるのは嫌い?」
「…キライ、ではないが…。見え透いた世辞は言うのも言われるのも好きじゃない」
「つまり褒められるのは好きだけど気恥ずかしくて素直に受け取れない、と」
「…何度そういうことを言えば気が済むのだ、貴様は…」
頬を染めて、伏せた視線をあちこちに泳がせる。
「んー…多分、そういう反応が返ってこなくなるまでずっとかな」
「…帰る。このまま貴様と話していては、頭がもたん」
180度回頭。

「…照れ隠し」
「放っておいてくれ」
そのままさっさとどこかに行こうとしたが。



「何かあったら、俺達に頼るといい。みんな力を貸してくれるはずだ。ブレッドも、フィレも、…マドレーヌも」
「マドレーヌ…!?」
マドレーヌ。その単語を聞き、足を止めて振り返った。

「…帰ってきてるんだよ、彼女。…ホントは、誰にも秘密…なんだけどね。本人達の希望で」
ふふ、とダージリンが笑う。
「俺が来る前に、ブレッドが女の人と一緒にいるのを見たはずだ。…マドレーヌは十何年か前、あんな服を着てた」

「…やはり、あれがマドレーヌだった…か」
「内緒だよ。きっと、ずっと隠れてるのには何か意味があるから」
そう言って、人差し指を立ててみせた。



「じゃあ、俺はこれで。…よろしく頼むよ、同志?」
「…ああ」
黒いマントをたなびかせ、屋根から屋根へ。あっという間に、その姿は見えなくなった。



「…。何故こうも、私が知り合う奴らは超人的な連中が多い」
自分もその超人一歩手前にいることは棚に上げ、リーベもまたどこかへと帰っていった。















「………」
「…帰っていたのか」
「マドレーヌはどうした?」
一瞬、ブレッドの表情が消える。その後、少し眉を寄せた。
「…まったく。ダージリンのヤツ、口が緩い」
ソファーに寝転がって、町で買ってきた本を読んでいるところに、ブレッドが来る。
「ちゃんと来ている。今は部屋でくつろいでいるはずだ」
「何故隠していた?」
「…何か考えがあるんだろう」
ブレッドは何も言わない。
「照れくさい…というのも、ないわけではなさそうだがな」
ただ、適当な言葉を発するだけ。

「ダージリン…だったか。奴に何もかも見抜かれたよ」
「そうか。…まあ、元々隠し通すにも無理があったからな」
「協力しろとも言ってきたぞ。とりあえず引き受けた」
「そうか。…人手不足だからな。戦力の増強を図りたかったんだろう」



「…貴様、全て知っていたな?」
「ああ」
何事でもないように返る答え。



「もう一度聞く。何故隠していた?」
「…俺はともかく、今マドレーヌが出て行けば、ずいぶんな騒ぎになるだろう」
「ああ、そういうことか。…言われてみれば、奴はもう死んだと思われていたな」

マドレーヌは、3年と3ヶ月前から、ずっと行方不明とされている。
既に死亡しているという噂も後を立たず、実際学校でも死んだと考える者が大多数。

「ほとぼりが冷めるのを待っていた。そろそろ、グランには教えようと思う」
「シュガー達には伝えないのか?」
「あいつらは、まだダメだ。特にジャスミンやポモドーロはすぐに口を割るだろう」
それだと、隠す意味が無い。ブレッドは笑う。
「…もっとも、それは単なる建前だ。…リーベ」
不意に彼は声を潜めた。
「…今からひとつ、口を滑らせようと思う。まだ誰にも話していないことだ」
「ほう、私が最初か。それはそれは、光栄なことだ」









「…実は、な」



「…!!?」









fin...?

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