「おはよーっ」
「ヘイ、ラッシャイ!」
「…カフェオレ、ソレ違うよ」
教室に入ってきたキャンディへ挨拶するカフェオレ。
ただし間違っていたため、横からオリーブに注意された。
「アイサツニダイジナノハコトバジャナイ。ハートナノサ」
もっとも、カフェオレ本人はこの調子で、いたって気にする様子はない。
「遅刻だぁ〜ッ!!!」
次いで入ってきたのは、普段は遅刻ばかりのキルシュ。
「あら、おはよ〜。今日は珍しく早いんだね?」
「へ?」
「ほら、時計よく見て。しっかり間に合ってるよ〜」
「…ぁ!目覚まし時計のネジ巻いて、時間を合わすの忘れてた…」
も〜、あわてんぼさんなんだから。可笑しそうにくすくす笑うアランシア。
「…笑うなよ」
遅刻を回避できて喜ぶべきなのか、アランシアに笑われて嫌な感じなのか、どっちつかずのキルシュ。
この日、珍しく全員が朝のHRに揃っている。
「…なぁ」
「んー?」
教室の最後列。隣同士のカシスとシードルが、顔をあわせないまま言葉を交わす。
「なんでもないのに皆揃ってる時ってさ、何か起こるよな」
「ロクでもないことばっかりね」
たとえば、授業を始める前に先生が抜き打ち模擬テスト。
たとえば、校外学習のことをわざと黙ってて、当日の朝に発表する。
いいことはあまりない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「案外、それ以上の大物が出てきちゃったりね」
二人して乾いた笑い声を発した後、深くため息。
やがて教室のドアが開いた。HR開始時間ぴったりである。
「おはよう」
一同に困惑が走る。現れたのは、学校内で見かけることすら稀な、とある男性教師だったからだ。
「…えっと、どうしてブレッド先生が?」
代表して、最前列のフレークが問いかける。
「ハプニングだ」
ブレッド…と呼ばれた彼は、臆面なく言い放つ。
ほら来た。カシスとシードル、後ろで呆れ顔。
「…皆が揃った時点で察しは着いてた。…今度は何が?」
「……。ほら、出て来い」
「やーっ」
何やら後ろのほうに話しかけている。女の子の嫌がる声が返ってきた。
「学校にいなければならない以上、そのうちフレーク達にもバレるんだ。腹を括れ」
「…ダメ?」
「ダメ。四の五の言わず、早く入る」
手馴れた様子で女の子の背中を押し、教室に押し入れた。
「………」
『………』
「………」
『………』
「…その。…おはよ…ございます」
ぺこり。
『……………』
「…ブレッド先生」
「ん?」
「あえて聞くけど…これなに?」
再度問いかけるフレーク。
「ハプニングだ」
再度臆面なく言い放つブレッド。
ふわふわとウェーブした、腰まで届くライトブラウンの髪。
フリルのついた、ピンク色のケープとツーピースのドレス。
水玉模様の大きなリボン飾りをあしらった、赤いカチューシャ。
そう。我らが担任、時々暴君、マドレーヌである。
マドレーヌであるのだが。
「なんで子供になってるんですかッ!?」
彼女は何故か、子供の姿だった。
「詳しいことは俺にもわからない。なにせマドレーヌが事の顛末を話してくれないからな」
ブレッドは教卓…正確にはその奥に目をやった。そこに女の子…というかマドレーヌが隠れている。
「が、コレは紛れもない事実だ。マドレーヌは何らかの原因で、子供の姿になった」
推定身体年齢は12歳前後。身長はオリーブと同じくらいにまで縮んでいる。
服は朝のうちに何とかしたようだが、それは関係ないことだ。
「ともかく、そういうわけだ。HRは省略する、解散」
あまりにあっさりと解散を告げられ、フレーク達は逆にもたもたする。
「…どうした?省略といっても結局はいつもと大して変わらない時間だ。授業に遅れるぞ」
「…でも、先生はどうするんですか?」
恐る恐るブルーベリーが尋ねると。
「今日1日は、このまま俺と一緒に行動してもらって様子を見る。マドレーヌの授業にも助手として同行するつもりだ」
そんな返答が返る。
「ぇ…?大丈夫なんですか?」
「何とかなるさ。ほら、早く行った方がいい。おまえで最後だぞ、ブルーベリー」
「あっ!ちょ、レモンっ!置いていかないでよっ」
ぱたぱたとブルーベリーも駆け去り、がらんどうになった教室。ここは1時限目は開いている。
「…。もう誰もいないから出て来い」
「………」
そろそろと、マドレーヌが顔を出して、生徒が座る席のほうを窺う。
本当に誰もいないということを確認すると、ゆっくりと教卓の陰から出てきた。
「…聞くが、心当たりは本当にないんだな?」
「ないってば。強いて言うなら昨日の薬学実験だけど、どの手順がきっかけなのかわからないの」
落ち着いた女性の声であるべきその台詞は、今はか細く幼い少女の声で。
「参ったな。そうすると、薬の影響が自然に消えるまでずっとそのままか」
「ブレッドじゃ何とかできないの?」
「済まないが、ムリだ。俺には薬学の知識はほとんどない」
椅子に座るブレッドの手を取った彼女の手は、片手ですっぽり包める気がするほど小さい。
「はぁ…どれくらいたったら元に戻れるんだろ」
「案外、慣れたら戻りたくなくなるかもしれないぞ?」
「バカ言わないでっ!」
からかわれて、マドレーヌは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「マドレーヌ」
「何?」
職員室に戻り、2人で紅茶をすする。教職員はある程度事情を理解しているため、動じることもない。
「その姿でも、翼は出せるのか?」
「…どうかなぁ…。…うん、多分出せる」
少々不自然な間が空き、だがマドレーヌは頷いた。
「………」
目を閉じて念じれば、神々しく煌く8対の蒼い翼が背に現れる。
マドレーヌの体格の変化に合わせて若干小さくなってはいたが、それでも誰かを包み隠せるほどの大きさだ。
「ほら」
マドレーヌは翼を開いて、軽く床を蹴り、ゆっくり羽ばたく。彼女の体はふわりと宙に浮き上がり、ブレッドと目線をあわせた。
「それはわかった。…もう翼はしまっていいんだが」
「やだー。飛んでる方が楽なんだもん」
翼の力でふわふわ浮いたまま、マドレーヌは地面に降りようとしない。
「…生徒に見せても大丈夫なんだろうな?」
「だーいじょぶだって。…たぶん」
「多分、か」
何やら遠い目をして苦笑を浮かべるブレッド。しかしすぐに真顔に戻る。
「2時限目に薬学の授業が入っていたな。話したとおり、俺も助手として出席する」
「…はぇ?」
ひどく間の抜けた声。
「お・れ・も・じょ・しゅ・と・し・て・しゅ・っ・せ・き・す・る」
「…えぇ!?」
「おまえを見たら、多分生徒は混乱するだろう。おまえ1人で収拾できるか?」
軽くため息をついた後、少し説教するように彼は言う。
「そっか。ブレッドは、そういうの得意だったわよね」
「…在学中、ダテにまとめ役ばかりやっていたわけじゃない」
思い出し笑い。
1時限目の終了を告げる鐘が鳴った。
「…親子とかに、間違われると思う?」
「あるかもな?案外十何年後には、今のおまえみたいなのが俺達と一緒かもしれないぞ?」
にやり。
「!?」
「ばかっ!」
「それはそれは、結構なことだ」
顔を赤くしてマドレーヌが怒ると、ブレッドは一笑に付した。
「さて、教室に移動するぞ。遅刻厳禁、時間は厳守…だ」
「わかってますっ!」
ブレッドにそっぽを向いて、彼女はふわふわと飛んでいく。
「…子供っぽさが強調されてるな…」
苦笑をひとつ浮かべ、彼もマドレーヌを追って早足に廊下を歩き出した。
「…これを3、これを2、残り2つを2.5ずつ…わかったかな?」
『………』
マドレーヌの問いかけに対し、生徒からの反応はない。
「ディスタン。代表して答えてもらおうか?」
「…っえ!?」
ブレッドに名を呼ばれた男子生徒が、驚いたように声を上げる。
「…聞いていなかったな?」
「…はい」
教室に現れたマドレーヌは、早々に生徒達から注目を浴びた。
強烈に見覚えのあるピンクの服の女の子が、背中の羽でぱたぱたと飛んでいれば、当然であろう。
「みんな席について。授業はじめるよーっ」
加えて、子供特有の無垢で屈託のない笑顔を向けられ、ほぼ全員の脳が困惑で満たされた。
「…落ち着いて聞いてくれ。この女の子はマドレーヌだ」
更なる追撃。
教室が一瞬にして、ざわめきで一杯になる。
事情を説明するのに10分ほど要し、そして今に至る。
「静かにしてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと聞いてね?」
すっと生徒の目の前に移動し、腰に手を当てて前屈みに『わかった?』と問いかける。
「………」
だが反応が無い。
「…む」
するとマドレーヌはすっと近付き、至近で顔を突き合わせる。
「返事は?」
「は、はいっ!?」
「うん、わかればよろしいっ」
先生の話はちゃんと聞くんだゾ?にこりと笑って、教卓に戻る。
そんな調子で授業が終わる頃には、誰も話を聞いていなくておかんむりのマドレーヌ。
「まあ、こんな状況では誰でも調子が狂うというものさ」
「むぅ…」
苦笑まじりに、ブレッドは未だゴキゲンナナメで羽をばさばさ動かしているマドレーヌをなだめる。
どの授業も前述のような状況であり、ほとんど授業が生徒の耳に入っていなかったようだった。
「…いつまでこのままなのかしらね?」
「どうだか、な。そんなことで悩むより、今何ができるのかで悩む方がよほど得だぞ?」
たとえば、今のその状態だからこそできること、とかな。そう言って面白そうに笑う。
「…今だから…か」
「気の持ちようで価値観はどうとでも変わるものさ」
「んー…」
ふと、マドレーヌは立ち止まって、じっとブレッドを見上げる。
「…?どうした?」
「…決めた」
ばさりと飛び上がる。
「…。おい?」
行動から少し間を空けて、だが動揺というより面白がるような声で問いかけた。
「いいじゃない。…丁度いい背格好、なんだし」
羽を消して、全ての体重を飛びついたモノに預ける。
「なつかしいな。ずっと昔、おにいさんにおぶさってもらってた」
「…そうか」
「…なつかしい…なぁ…。大きくて、あったかくて…」
それは、話して聞かせるというには、声が小さくて。
だけど、述懐しているというにも、声は力ない。
何処にも届かず消えてしまいそうな彼女の言霊を、彼は黙って聴いていた。
「…マドレーヌ。着いたぞ」
声をかけるが、返事は無い。
「…マドレーヌ?」
すやすやと、小さな吐息。いつの間にか彼女は寝ていた。
「…子供、だな」
呟くと、知ってか知らずか、小さく呻いた。
そのままブレッドは、彼女の家の前から離れていった。
ちょっとー!?なんでブレッドと一緒のベッドなのーっ!?
騒ぐな。子供じゃあるまいに。
子供って言ったって、体だけなんだからね!?
わかったわかった。…わかったから起き抜けに大声はやめてくれないか?
…むぅ。
たとえば、そんな日の話。
一休茶話・『子供な大人?』