休みの日の、昼さがり。
日は高く、はるか頭の上。
ばさり、ばさり、羽の音。
ふわり、ふわり、空高く。
やがてゆっくりと降りるその姿は、さながら羽根かはなびらか。
風に揺られて、ゆっくりと。ふわふわ、ぱさり、舞い降りる。
そこは、花畑。
少女が見つけた、『秘密の場所』。
たまにここに来ては、花を眺めたり、摘んだり。
「…ふふっ」
理由もなく、笑みが零れる。
ここにいると、そんな気分にしてくれる。
寝転がって、歌なんて歌ってみたり。
時々やってくる小さな動物を抱き上げてみたり。
「…?」
「…!?」
だからなのだろうか。眠たげに花の海から起き上がるその人に、彼女は気付いていなかった。
「…ぁ、ぁ…!?」
「…何をしてる?こんな花ばかりの場所で」
まあ、キミみたいな儚げな女の子には、よく似合うけどね。目の前の彼は、笑って言う。
「…っ…」
深呼吸。…うん、だいぶ落ち着いた。
「…あなたこそ、ココで何、を…?」
「昼寝だ。ここはキミ以外、ほとんど誰も来ないから」
腰まで届く長い後ろ髪をひとつ括りにして、左右に分けた前髪を無造作に下ろして。
オリーブには、彼をいつかどこかで見た覚えがあった。なのに何故だろう、思い出せない。
「…どうした?」
「いつか、あなたと会ったような気がして」
「気のせい…じゃないか?ここしばらくは、魔法学校には行ってないから」
「ぇ…」
魔法学校。確かにそう言った。
「…私が魔法学校の生徒だって、知ってたの?」
「教師をやってる知り合いから、話を聞いてはいたからね。
話の中の生徒の1人がキミに似ていたから、生徒じゃないかって思った」
それが、どうかしたか?彼は特に動じる様子もない。
「………」
オリーブの目には、動じないのがむしろが怪しいと映り、心を読んでみる。
―面白いものだ―
読めたのは、それだけ。他は関係の無い思考ばかりだが、巧妙に、核心を隠している。
何か腑に落ちない。そう思ったオリーブは、もう少し突き詰めてみることにする。
「何を考えてるかわからない、ってよく言われない?」
「ぇ?…ああ、言われるな。長いこと一緒だった連中からも言われるよ」
「物を隠すの、上手じゃない?」
「隠れるのには自信はあるけど、どうかな。見つけられたことはあまりない」
「…ニンジャ、って知ってる?」
「そこらで言われてるほど格好いいモノじゃない。結局は、スパイ兼殺し屋だ」
疑問が確信に変わる。…まだわからないことはあるけど。
「そんなに質問ばかりしてきて、どうしたんだい?」
「…コレで最後だから」
「あなた、グレープ?」
「…気付かないと思ってたんだけどな」
普段のオレとは、態度がかなり違うからね。前髪を後ろにやり、オールバックに整える。
「…いかにも、俺はグレープだ」
最後に後ろ髪を縛っていた紐を解くと、いつもの無表情な彼がそこにいた。
「…多重人格、なの?」
「どうだかなぁ。裏表みたいに思われることはあるけど」
髪を元に戻し、2人で木陰に座る。葉っぱの隙間から漏れてくる木漏れ日がまぶしい。
「…どうしてこんなことを。自分を偽って私と話したりなんて」
「違う。今のオレが、むしろ素だよ」
「ぇ?それなら、どうして…?」
「…気付かないだろ?オレがグレープだって」
穏やかで優しい微笑みで、彼は笑う。
「…呆れた。意外と悪戯が好きなのね」
「悪いか?」
知らず、堪えきれぬ笑みが漏れ出す。
「…悪くないよ。むしろ、グレープがそんな性格だって知って、びっくり」
2人の笑顔は、ある意味で同種のもの。
独りであることの悲しみを知り、独りでないことの喜びを知る、慈愛を内包する笑み。
「…ふぁ…」
不意に、オリーブが欠伸を漏らす。
「眠くなったか?」
「…うん。昨日は遅くまで起きてたから」
「………」
とん、とん、とん。ゆっくりと、規則的に。子供をあやすように、グレープはオリーブの背を叩く。
「…寝るといいさ。元はオレだって、そのために来たんだ」
「……、うん」
オリーブはしばらく景色をぼんやりと眺めていたが、そのうちうとうととしはじめる。
「…おやすみ、オリーブ」
まるで魔法か何かのように、その言葉を聴いたオリーブの意識は、すっとどこかへと沈んでいった。
「…ん、ぅ…」
目を開くと、オレンジ色の花畑が見える。
それに何故か、彼女の目に映る景色は90度近く横に傾いていて。
「…ん、起きたか?」
「…!?」
つまり、膝枕。
「よく寝てたぞ。そんなに疲れてたのか?」
出迎えたのは、彼女が居眠りしてしまう前と同じ微笑み。
「…ぁ、わた、私どれくらい…?」
慌ててばっと飛び起きて、頬を赤く染める。
「…さぁ、な」
マドレーヌのような、悪戯っぽい笑みに変わった。
「…さて」
しばらくして、グレープは立ち上がる。
「帰るの?」
「色々あるからな。ここで寝てばかりいるわけにも行かないさ」
「それ、ここで寝てばかりいるみたいな物言いだよ?」
「ああ。ずいぶん前…3ヶ月ほどかな、そればっかりだ」
「…うー」
オリーブがこの花畑を見つけたのも、それくらい前。秘密だった場所は、秘密でなくなった。
「…そう不満げな顔をするなって。1人で秘密にできなければ、2人で一緒にすればいい」
「ぇ?」
きょとんと、オリーブはグレープを見上げる。
「ふたりだけのひみつ、ってヤツさ」
「…何を、秘密にするの?」
「この花畑と…後は、オレが元々こんなヤツだってこと」
「…ふぅん…。秘密、なんだ?」
にこり。オリーブはさっきのグレープみたいに、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「バレたら面白くないだろ?だから、秘密だ」
「…うん。ふたりだけのひみつ、だね」
不意に、強く風が吹く。
「っ」
思わずオリーブは目を閉じる。
「…?あれ…っ?」
グレープの姿は、もうどこにも見当たらなかった。
次の日、マドレーヌに用があったオリーブが職員室に行った時のこと。
「…そういうわけだ。行ってくれるか?」
「了解だ。…夜には戻る」
「頼んだぞ」
何故か、ブレッドの近くにグレープがいた。
「…オリーブか」
「グレープ…どうしてここに?」
「…秘密、だ」
珍しいことに、グレープは小さく、ふっと笑う。
すれ違いざまオリーブの肩をぽんと叩いて、職員室を出て行った。
―2人だけの、な―
「…オリーブ?」
「ぁ」
用事を思い出し、彼女の元へ駆け寄る。
そして今夜も、緑の翼が飛んでいく。秘密の場所めがけて。
たとえば、そんな日のお話。
一休茶話『ふたりだけのひみつ』