「ふれーくぅ。ふれーくってばぁ」
「ぅー…?」
机に突っ伏している白い帽子に、女の子が構っている。
肩を掴んでゆさゆさ揺らしてみたり、背中とか頭に軽くねこぱんちしてみたり。
「…ふみゅう」
「ねーなーいーでーよー」
でも、起きない。
「ふぅーれぇーえぇーくぅー」
「まだ朝じゃな…もすこし…ねかせ、て」
くーすかくーすか。そんな擬音が聞こえそうなほど。
「…もう。フレークったら」
何をやっても起きてくれないフレークを見下ろして、キャンディは幾度めかのため息をつく。
「ぇえ?まだ起きてないのかぁ?」
昼食の為にいち早く戻ってきたらしいキルシュが、2人を見つけて寄ってきた。
「そーなのよー。全っ然起きてくれないの」
「学校来た時からこんな調子だったんだろ?夕べ何かやってたんじゃねぇの?」
普通は放っときゃ自然に起きるんだけどなぁ。ぼやくキルシュ。
「…何か知らない?寝てるヒトを起こす方法とか」
「とは言ってもなぁ。まさか殴って起こすわけにもいかないし」
「うーん…やっぱり自然に起きるのを待つしかないかぁ」
はぁー。もう一度、深くため息をつく。
「…そういえば、なんだってそんな必死に起こそうとしてるんだ?」
「んー?今日ね、放課後に買い物に出かける約束してたの」
「…ああ…買い物、ね」
「?」
視線を逸らして俯くキルシュ。ソレを見て首を傾げるキャンディ。
「とにかく、授業が終わるまでに起きてくれないと、取り消しになっちゃいそうでさ」
そうなると彼女としてもつまらないらしい。後ろで結った鳥の尾羽のような髪の先が、心なしかしょげている。
「でも、何やっても起きてくれないの。この寝ぼすけ。反応はするんだけど」
寝たふりでもしてるのかな?キャンディはもう一度、フレークの頭を軽く突付いた。
「んぅ…ん…」
そうすると、『やめてよ』とでも言わんばかりに、腕で頭を隠してしまった。
「…ほら、ね」
「………」
「なあ、コレ起きてるんじゃないか?」
「…かも。だとしたら、起きないのも当然なんだけど」
腕を組んで考えること数分。
「…あ、そうだ」
ふと、キルシュが何か思いついたようだった。
「何か思いついた?」
「ああ。耳元で何か言ってやればいいんじゃないか?それこそ何でもいいから」
「…ぇー?」
キルシュらしからぬ発言。耳を疑うキャンディ。
「…悪いかよ。昔、アランシアにそうしたら飛び起きたことがあったんだ」
キルシュは恥ずかしそうに、キャンディから顔を背けて頬を掻く。
「…あー!もういいだろ?セサミを待たせてるんだよ」
自分の机からお弁当を取り出し、そそくさと教室を出て行ってしまった。
「…キルシュもキルシュで、お年頃なんじゃない。照れちゃって」
扉の窓から見えたシルエットは、明らかにアランシアだった。
きるしゅッ!キャンディと何やってたの!?
な、何もしてないっ!フレークが朝からずっと起きないって言うから…
話はお弁当食べながら聞くわ!…素直に謝ればそんなヒドいことはしないからね?
ちょ、おま…!既に話聞いてねぇじゃねぇか!?
ふん、だ!
ぁ、こら!引っ張るなって!
「…あは、あははは…」
きっと潰れるんだろうな、キルシュのお昼休み。キャンディは苦笑した。
「………」
「………」
本当に、キルシュが言ったとおりにすれば起きてくれるだろうか?
一瞬考え込んだが、すぐ頭を振る。
(ここで起こさなかったら、予定がなくなっちゃうじゃない)
意を決して、寝ているフレークの耳元に顔を近づける。
「―!?」
おはよう。
…キャンディ。
何か言おうとして、口を塞がれて。
「…ふ、ふれ、ふれ、ふれ、あうー」
「何かの応援でもしてるのかい?」
にやり。その笑みは、いつもの穏やかなものじゃない。
「…そうじゃなくてっ!フレーク、あなた…」
「そうだよ、寝たふりしてたんだ」
傍からドタバタを傍観してるほど、楽しいものは無い。くつくつと彼は笑う。
「…あなた、ホントにフレークなの?」
「正真正銘、フレークだ」
ふわふわとした雰囲気は何処かへと消え、代わりにあるのは、カシスやガナッシュに似た、鋭さ。
フレークにもわずかだがあったもの。しかしそれも、普段その鋭さを裏側に押し隠してのこと。
確かにどちらもフレークだ。だが、同じ人間がここまで変わるものなのだろうか。
「…なんか、いつもと違う」
「それはそうさ。”オレ”は滅多に、人前には出ないから」
「…今のあなたが、ホントのフレークなの?」
「本当の?…違うよ、キャンディ」
彼女の問いに対し、フレークらしき彼は笑う。
「そういう見かたをするなら、”僕”が本当のフレークだ。”オレ”と”僕”は、同一人物にして別人。
オレは、『僕がもしこうだったら?』あるいは、『僕がこうあれば』という思念から生まれた形のひとつ。
無数にいる『フレーク』の1人かもしれないし、たった1人の『フレーク』のひとかけらかもしれない」
「…要するに、フレークはフレークだって。そういうこと?」
「まあ、ね。どんな形にせよ、オレが『フレーク』から生まれた以上、オレもフレークだってこと」
細かいことは、気にしないほうがいい。彼はそう言って、いつもの笑みを見せた。
「それより、一緒に買い物に行く約束、してたよね」
すっと彼は立ち上がると、キャンディの手を取る。
「ぇ…?でも、まだ授業…」
「いいよ、たまには。授業をサボって先生に怒られるのも、いいことじゃないけど悪くもない」
いつもは引っ張られる側の彼が、自らキャンディの手を取ったことに。
普段マジメな彼が授業をサボろうなどと言い出したことに、彼女は驚く。
「…どうしたの?オレがこんなことするのは意外かい?」
不意打ちでキスまでしたって言うのに。
キャンディの戸惑いを見透かしたように、彼はくつくつと笑う。
「…ぁぅ」
「…たまには、オレが引っ張ったって構わないよね?」
「………」
耳元でそう囁いた彼に、彼女は既に抗うことはできなかった。
たとえば、そんな日のお話。
一休茶話『2人のフレーク』