翼
蒼い光が、漆黒の空を翔けた。
それは高く速く、軌跡を描く。
誰もがその輝きを目で追った。
…光は、いつも同じ場所から現れ、消えた。
「……」
一体いつだろう。自分の中に、こんな輝きが宿ったのは。
そして何故だろう。その輝きが、8枚4対の翼を形作っているのは。
これではまるで私が、天使か何かみたいじゃないか。
翼はまるで神経が通っているかのように、さわるとくすぐったい。軽く念じるだけで、面白いほど思うままに動く。
軽く動かせば、そのたびに蒼い光の粒が飛び散り、粉雪のようにゆっくりと舞い降りながら消えていく。
広げて羽ばたいてみれば、足が床から離れた。羽ばたく力を加減しなかったせいで天井に頭をぶつけた。
問題は、どうやってコレを消すのか、皆目見当もつかない…ということである。
「…というわけなんだよね、これが」
「………」
とりあえずブレッドに相談してみたマドレーヌ。…まさかこのまま麦藁荘に行くわけにも行かず、呼び出した。
「…?」
ブレッドは感心したような目で、じっと翼を見ている。
「…ブレッド?」
名を呼ぶと、彼はふと我に返った。
「…ああ、済まない。かなり珍しかったものでな。その翼…何か『力のようなもの』で形成されているのはわかるか?」
「ぇ?…ええ、わかるわ。服が破れてないし、物理的なものじゃないってことは」
「では、それが何らかの魔法として発現したわけでもない…とは気付いたか?」
「…ぇえ?ちょっと待って、話が読めないわ」
「俺だって読めない。一応仮説はあるが、いくつかおまえに聞いてみないことにはハッキリしない」
困惑するマドレーヌに対し、ブレッドはあくまで質問に答えるよう促した。
「…確かにね。この羽から感じる力…半端じゃないもの。…そう、まるで『力そのもの』みたいな感じがするわ」
「そうか。…そうすると…おまえが持つ魔力に連動している可能性がある」
あごに手をやり、ブレッドは私見を述べた。
「何か魔法を詠唱してみてくれ。ムーンライト程度でいい」
「…?」
「いいから。詠唱中はなるべく集中してくれ」
「……??」
怪訝に思いつつも、マドレーヌは軽く目を瞑り、光の魔法の詠唱文を唱え始めた。
「ひろがりゆく慈愛の抱擁。優しき月光よ、暗闇を包め…」
腕を伸ばし、前にかざした両の掌に光が集まってくる。その光は、満月のような球体を形成する。
「…ッ。そのまま発動させず維持」
「おあずけ…?」
場違いなことを言うマドレーヌ。それで少し集中力を削いでしまったので、集中しなおした。
ブレッドがどこかに移動した足音が聞こえた。1分とたたずに戻ってくる。
「…目を開けてくれ。集中は欠くなよ」
「なんなのよ、もう…ッ!?」
目を開いたとき、そこにあったのは鏡。映った翼は、最初に鏡を見たときは淡く光っている程度だった。
しかし今は、誰の目にも明らかに、強くハッキリと明滅している。
「………」
その輝きの美しさに、思わず見とれてしまう。集中を欠いたことで、形になろうとしていた魔力は霧散した。
それにあわせて、翼も激しく明滅するのをやめ、元のぼんやりとした淡い光を発するようになる。
「…これも、私の魔力で…?」
「おそらくな。だが、これでハッキリした。やはりその翼は、おまえが持つ『何か』に共鳴して形を成している。
だとすれば、翼を維持する余裕がなくなれば、自然と消えてくれるはずだ。
…本当なら、制御して消さなければならないが…慣れないうちからそれは無理だろう」
「…使ってなかった分を発散するってコト?」
「平たく言えばそうなるな」
どうにか消す方法を見つけることができて、まずは一安心(?)
「…だが、おまえもしばらく魔法を使っていないだろう?相当溜まっているはずだ。
…俺の見積もりでは明日から数えて、最低でも3日ほど浮遊して移動する必要があると見ている」
「ぇ?出しっぱなしにするだけじゃだめなの?」
「ダメだ」
即答。
「繰り返すが、その翼は『純粋なエネルギー』から形になっている。
そのおかげでおまえの魔力はより増幅された状態。…どういうことかわかるか?」
「…荷物が入りきらないから、もうひとつ鞄を持ちました…ってところかしら?」
「的は得ているが少し違う。そこは…いや、ここで訂正なり追求なりすると話がずれる。先を続けるぞ」
詳しい説明をしようとしたブレッドだが、気を取り直して話を進める。
「さらに言えば、魔力はその源の大きさに比例してゆっくり回復していく。
だから実際の魔力の減少は、回復する分だけ緩やかになる。それ自体は別にどうでもいい。
もし、減少と回復のスピードが一致、あるいは回復のほうが早いとすれば…後はわかるか?」
そこまで聞いて、マドレーヌはようやく理解を示した。
「ああ、そういうことなのね。でもそれだと、勝手に回復してまた羽が出てくるんじゃないかしら?」
「そう、そこが一番の問題だ。首尾よく翼が消滅したとして、しばらくは出てこないだろう。
だが、条件を満たせばすぐにでも現れる。最終的に制御できるようにならなければどのみち意味はない」
「…しばらく、苦労しそうだわ」
「まあ、色々とがんばれ」
フォローになっていない励ましを残し、ブレッドは帰っていった。
それは、ある日の深夜のことだった。
とりあえず、着替えるときには邪魔にならなかったし、仰向けに寝ても関節痛にはならなかった。
自分ではさわれるのに、なんで服をすりぬけるんだろう?とか思わないでもなかったが、結局わからなかった。
翌朝、いつもどおり4時に起きて、顔を洗ったり歯を磨いたりするために洗面所に向かう。
そこで、やっぱり自分の背中に8枚の翼を見つけて、『夢じゃなかった』と少しがっかりした。
「………」
というより、この羽についてどう言い訳しよう?という方がよっぽど問題である。
「…飛んで行こうかしら?」
幸い、今日は晴れている。翼は蒼く光っているが、空も同じ色だし太陽の光でわかりづらい。
念の為に雲の上を飛んでさえ行けば、見つかることはないだろう。
降りるときに結局見つかるかもしれないが、それはそれで仕方がない。
このとき彼女は、自身がワープできることを失念していたが、ここで言っても仕方のないことである。
とりあえず彼女は5時に家を出た。…教師という仕事は、やることが結構あるのだ。
扉の鍵を閉めて、ちゃんと閉まったのを確認しすると、彼女は魔法学校へと向かう。
町から歩いて、遅くて20分の距離にある小さな丘に、彼女の家はぽつりと建っている。
だが人はさほどなく、道らしい道もないため、その存在を知る者はなかなかに少ない。
教えられるまでわからなかった。あるいは、近くを通りかかって偶然見つけた。
彼女の家を知る者は、大抵その2つのパターンである。…例外は付き物だが、ここでは関係ない。
近くに人がいないこと、隠れている気配もないこと(ここまでするのは過剰な気もするが)を確認すると、
翼を広げ、軽く飛び跳ねる。それだけで、体は50cmほど宙に浮き上がった。
「…まさか、この羽の力が重力とぶつかりあってるの…?」
そのままの羽ばたかずにいると、ゆっくりと足が地面に付いた。自分の体重をいつもほど感じない。
もう一度、今度は強く地面を蹴った。ぐっ、と上から押さえつけられるような感触と、下へと流れていく風景。
一気に3m、跳び上がっていた。軽く、緩やかに羽ばたくだけで、重力に引かれなくなる。
たった3m。その違いだけで、世界は様変わりして見えた。
ばさり、ばさり。8枚の翼が羽ばたく音、感覚。
今、確かに自分の翼で飛んでいる。
…そう思うと、胸が高鳴るのをマドレーヌは感じた。
もっと高く、もっともっと。あっという間に雲の上へ。段々寒くなるが、そんなものは全然気にならない。
「…雲って全部が全部同じ高さにあるわけじゃないんだ…」
綿のような雲、糸のような雲、すべてを遥か下に見下ろすほど高く。
知識として知ってはいたが、実際に見るのはこれが初めて。
このときマドレーヌは、高度15km…いわゆる成層圏高度にまで達していた。
『学校へ行く』という目的がなければ、きっと彼女はもっと高く飛ぼうとしただろう。
彼女にとってそれほどに、空を翔けるのは楽しく感じられることだった。
氷点下50℃以下もの極寒、高く昇るほど薄くなる空気。それらは彼女に何の影響も与えない。
翼から零れ落ちる光の粒が、まっすぐな軌跡を空に描く。
蒼い光は、青い空に紛れて見え難い。だが、確かにそこに光があった。
『五感をとぎすまして、軽く目を閉じるだけで…この世界全てが見渡せる』
遠い昔に彼女が慕った男性の言葉であり、彼女が教え子達に伝えた言葉。
「みんな、まだ家にいるのかな…?」
この言葉を生徒に伝えた当時は、まだ彼女自身はその境地に達してはいなかった。
正確には、いつでも全てを見据えることができたわけではなかった。
だが、彼女は目を閉じ、全ての感覚を浮遊感に任せた。流れるままに動かした。
今なら、見える。…心のどこかで、とかそんなものではなく。全身で、全心で、確信している自分がいた。
…8枚の輝く翼で雲より高く浮かびながら、安らかに目を閉じ、微笑みを湛える自分が『見えた』。
視点は移り、地表へと急降下する。彼女がよく知る魔力を追って、凄まじいスピードで街中を飛んでいく。
やがて、ある家の前で止まった。…感じるのは、『火』の魔力。寝息まで聞こえるのは、気のせいでもないと思う。
…再び動く。壁をすり抜けて、直接『彼』の部屋へ。しばらく『彼』を眺めて、次の属性の魔力を追って飛んだ。
寝相が悪く、今にもベッドから落ちそうなキルシュ。10分後には落ちている。間違いない。
キャンディはもうすでに起きていて、洗い終わった髪を、魔法で起こしたそよ風で乾かしている。
カベルネももう起きている。カエル師匠を突っついて、怒られている。
シードルは丁度、今起きたところだった。眠そうに目をこすっている。
カシスは…どこか建物の外を歩いていた。向かう先はわからないが、魔法学校でないことは確かだ。
アランシアも流石に寝ている。寝言でまで『きるしゅ〜…』とか言っていた。
相変わらず裏山の原っぱでぼーっとしているのはショコラだ。じっと鳥や動物を眺めている。
セサミもまだ寝ていると思っていたが、家の外で軽く体操をしていた。兄貴よりしっかりしている。
ピスタチオは電気スタンドをつけたまま、何かの本を一心に読んでいる。…今日は居眠りだな。
オリーブはまだ寝ている…が、そこはキャンディの部屋。生乾きの髪のまま、キャンディが彼女を起こしにかかった。
ブルーベリーも寝ている。だが、少し視点を移すと5時半にセットされた目覚まし時計が目に入った。
レモンはちょうど朝食を食べているところだ。彼女の兄達と仲良く談笑している。
カフェオレ…そういえば、学校の外にいる時はどこにいるんだろう?…ぁ、校長先生だ。…まさか…?
…ガナッシュ、やっぱり水汲み続けてるんだ。その後はヴァニラを起こすのかな?普段はぶっきらぼうなのに、偉いなぁ。
…あれ?あんなに急いでどうしたんだろ、ペシュ…。どこかに用事でもあるのかな…?
そして、視線はまた動く。
少年と少女を映し出した。どこかののどかな丘の上、男の子が風で帽子を飛ばされ、慌てて2人で追いかけていた。
そしてその場にもう1人…黒い鉢巻の少年。走っていく2人を目で追い、呆れてため息をついている。
15人と、2人。それが、マドレーヌが担任になった生徒達。
最後の鉢巻の少年は、彼女が担任を受け持つ生徒ではないが、彼女と深く関わっている。
臨海学校でも、光のプレーン、死のプレーンに颯爽と現れ、助けてくれたらしい。
「…っとと、いけないいけない。つい考え事しちゃった…」
はっと我に返り、いま自分がするべきことを思い出す。…まずは学校だ。
「えっと…魔法学校はどっちかなぁ…?」
雲は多かったが、ちょうど雲の合間にウィル・オ・ウィスプの特徴的なシルエットが見えた。
「…みつけたっ!」
蒼い軌跡が、長い直線を描いた。
屋上に降りて、3cmほど浮いたまま学校へ入る。…翼が邪魔な気がする。
…現在の時刻、5時半。まっすぐ飛んでくれば、きっと10分とかからなかっただろう。
そんな時間だけに廊下にはほとんど誰もいないが、たまにすれ違う教職員と鉢合わせた。
そのたびにまじまじと翼を凝視され、結構はずかしい。
そりゃあ、8枚の光る翼をゆっくりはためかせて、宙に浮いて移動していたら、嫌でも注意を引くものだけど。
「ちょっとオリジナルの魔法を研究してて、使ってみたら戻らなくなっちゃったの」
3回目くらいで苦し紛れにそう言い訳してみると、すんなりと信じてくれた。
「…心配して損した」
職員室でやはり注目の的になってしまったが、幸いブレッドがまだ出張先に出発していなかったため、
彼と2人で口裏を合わせて、何とかその場はしのいだ。
「おはよう、諸君」
青を基調とした服に身を包む老人が現れ、簡単な打ち合わせ…というか何と言うか、とにかく始まる。
さすがに、ここでまで飛んでいるような無作法者ではない。ちゃんと席についている。
…もっとも、話が進む中で、彼女は羽を震わせたり、たまに小さく開いたり閉じたりしていたが。
「…マドレーヌ。何か事情があるのじゃろうが、じっとしていてくれないかな?」
「…ぁ」
どうやら無意識の動作だったらしい。小さく声を上げると、決まり悪そうに縮こまった。
だがそこかしこから感じたのは笑いを堪える声だけではなく、もっと見ていたい等といった視線。
その視線が自分の羽に集まっているのに気付き、恥ずかしそうに身じろぎし、一緒に翼をまた震わす。
「…周りの諸君も、彼女にばかり目を向けないように。話をスルーされるのも、注目されるのと同等に恥なんじゃから」
さしもの老人も、呆れたような苦笑が浮かぶのを堪え切れなかった。
「…それで、さっきまで話を聞いておらんかった者。正直に手を挙げなさい」
手を挙げなかったのは、話の要点を纏めたメモをしっかり書き記していたブレッドただ1人だった。
「…マドレーヌ」
「はい?」
話が終わり、マドレーヌはグラン・ドラジェに呼び止められた。
「…その翼、いつから?」
「…ぇ?」
目の前の老人は、いつになく真剣だ。
「…昨日の夜からです。心当たりはいくつかありますが、何故かはわかりません」
「そうか…」
「…あの、何か?」
おずおず問うてみると、数秒の沈黙の後、彼は語り始めた。
「君の、その翼だ。…何か、魔法という概念すら超越した不思議なものを感じる」
「…魔法の上を行く概念…?」
グランの言葉に、マドレーヌは思わず聞き返した。
「うむ。魔法ではなく…それよりは『奇跡』に近い概念…とでも言うべきだろう。
死に瀕した命も、そこで死す宿命にない限りは、たちまちのうちに救い上げてしまうような…。
その力の続く限り、あるいは…プレーンや宇宙という概念すら遠く及ばぬどこかへと飛べるかもしれぬ」
「…そんな力が、この羽に…?」
「そんな気がする、というだけじゃが…大きな何かが秘められていることは確か。
極端なことを言えば、その翼は何かを打ち滅ぼすこともできれば、何かを創り出すこともできるじゃろう」
「………」
そんなご大層なものを自分が持っていた。…正直、彼女は戸惑いしか感じなかった。
「校長先生は、この羽から他に感じたことはないのですか?」
「その翼は…語弊はあるが、純粋な意味での『力の源』じゃ。…他は、ブレッドが気付いた部分と同じじゃろう」
「…そうですか」
「まあ、そのうち何かの形で、その翼について知ることになる」
そういって彼は、職員室を後にした。
「…校長先生の言うことには、毎回必ず意味があったけれど…。
今回ばかりは、どうしろっていうのか全然わからないわ」
そこで突っ立ってるわけにも行かず、彼女も自分の席に戻った。
ホームルームの時間は、今から2時間後の8時30分。
その間に教職員達は、自分の仕事を片付けたり、のんびり息抜きしていたりする。
マドレーヌは自分の教室へ向かっていた。それというのも、ひとえにこの翼のせいだ。
確かに、『魔法を失敗した』というのは信じてもらえた。が、いかんせん翼が珍しすぎる。
蒼い光を発する翼が、4対。動かすたびに光の粒子が飛び散り、広げて羽ばたけば宙に浮き上がる。
やっぱりというか何と言うか、結局のところ注目されるのは当然だというか、そういうことだ。
教室の扉を開けて、中に入る。
「………」
誰もいないとばかり思っていたその教室に、教え子達が数名。
「…おはよう」
「…お、おはようございます」
辛うじて挨拶を返したのは、青い髪の少女だけ。むこうもマドレーヌが教室に来るのは予想外だったらしい。
「こんな時間から、珍しいわね?」
「お互い様です…それより、先生…」
少女も、他の生徒も呆然としている。…まあ、無理もないというか何と言うか。
「なんだか知らないけど、夕べ突然出てきちゃって。消し方がわからないのよ」
「…その様子だと何回も言ってるな、きっと」
「今ので4回目!」
長い銀髪の青年にからかうように言われ、ちょっとむきになってマドレーヌは言い返した。
教室にいたのは、ブルーベリー、カシス、カフェオレ、ガナッシュ、レモン。
「イッシュン、テンシガキタカトオモッテシマイマシタヨ」
「私もそう思った。何度見ても…ってか、見たことあるの1回きりだけど…やけに神々しいもんな、その羽」
「そ、そう…かな?」
「羽が蒼く光ってて、ホントに女神様かと思っちゃったわ」
「先生には似合ってるんじゃないかな、半分は」
「ブレッドがいなきゃ、狙いたいところなんだけどな…」
「…?何か言った?」
「いんや、こっちの話だよ」
一部奇妙な発言があったが、全体を見て悪く言われている様子はない。
「…でも、何でわざわざその翼を?」
「ぇ」
だが、そこにガナッシュの突っ込みが入った。
「ちょっと天使の真似事をしたくなって。特に意味はないわ」
「……」
少し考え込んだ後、彼は続けた。
「…その翼、先生の意志で創り出したものじゃないんだろ?」
「ええ、違うわ」
「その心当たりのこと…俺達に話してくれないか?話を整理すれば、何か思いつくかもしれない」
「ぇ?」
「…独りで悩むよりは、よほどいい。俺達は一人じゃない。先生だけ輪の外なんてことはないんだ」
そう言ってガナッシュは、穏やかに微笑んで見せた。
「…多分、の話になるけれど。そもそもの発端は、ずっと昔…まだ魔法学校ができる前のあの日」
蒼白く輝く8枚もの翼を背に具現し、ピンクの服を着た女性は静かに語る。
「その日私は、ある男のヒトと一緒に、チードンサ…麦藁荘がある山の、『トスケビ平原』っていう場所に来てた。
そこには、山全体を聖なる力で護ってるっていう大樹があるの。…その樹の根元で、山の守護聖霊達に会った」
彼女は静かに目を閉じ、投げかけられた言葉を少しずつ、記憶の海から引き上げ、繋ぎ合わせてゆく。
『おまえが見つけて、たどり着いたものは、『魔法のありよう』という問いに、一片の迷いもなく返せる『答』だ』
『…『正しい物』は決して、たった1つだけ定められたモノではありません。信じるから…信じ続けるから、ソレは正しくなります』
『確かに魔法は、グラン・ドラジェが始祖になって、その概念を生み出した。でも、だからこそ彼もまた正しくて…間違ってるの』
『君は、君自身が信じた魔法のあり方、力のあるべき姿を…疑い、迷い、だけど信じぬいた。そうして得たソレは『答』たりうる』
たったひとつ 最後に残った約束を やっと果たせる
『ここ』まで追ってきてくれた ずっと昔の約束を 君は守ってくれた
これで私も 私がいたかった場所に 君の隣に いつでもいられる
これからはずっと一緒だ 私は君の傍にいて どんな時も君を見守り 支える
おかえり
そして、ただいま
マドレーヌ
―いつか必ず、君の元に帰ろう。だがもし俺に何かあったなら…その時は、俺を追いかけてきてくれないか?―
―だから、俺を信じてくれ。俺も信じる…いつか、きっと、また会える―
「…その年の誕生日からよ、私が歳を取らなくなったのは」
「へぇ…ちょっと羨ましいかも。それ以上老けないんだろ?」
「…」
レモンの発言を受けてか、マドレーヌは何故か笑った。
「デモ、センセイガソンナトシダッタナンテ、ダレモキヅカナイデスヨ」
「そうよね。20歳くらいでも充分通るんじゃないかしら」
「…うーん」
カフェオレとブルーベリーが喋っているなか、カシスは1人うなる。
「…どうしたの?」
「いや、なんでもない。もっと昔から成長止まってるんじゃないかって気がしただけさ。
そこで黙ってるオッサンもそうだろ?」
「オッサンじゃない!」
「…こいつぁ失礼、少佐」
「なんでおまえまでそう呼ぶの?俺はネオ・ロアノーk違う!」
カシスはさっきから黙っていたガナッシュに話を振ったが、謎のリアクションが発生。
「…まあともかく、それがこの話のきっかけ、か」
数秒の間の後、さっきまでの会話がなかったことだったかのように、ガナッシュは話を戻した。
「それから体に妙な違和感があったけど、しばらくしたら慣れちゃって、今までずっと忘れてた。
でもね、明確な変化が今から5年前に起きたの。
ちょっと理由があって、さっき言ったトスケビ平原…その奥にある樹海にシリアルの幼馴染が迷い込んだの。
そこはチードンサに巣食ってる悪霊とかの害をなすものを閉じ込めておく場所で、
その悪霊の中でもとびきり強いのに、その子が捕まってたの。
助けなきゃって思うのに、その時の私じゃ歯が立たなくて、ブレッド達は結界の維持で手一杯で。
そしたら、いつのまにか樹海の外にいて、私はあの樹の根元に寝かされてた。
ワッフルは『堂々とした立ち居振る舞いが天使のようでした』っていうけど、私自身は何も覚えてない。
…覚えていない、はずなんだけど…気を失う直前に、人の声を聞いた気がする」
―護れ。私はそのために、『ここ』にいる―
「…へぇ?」
「実はね、あなた達がケルレンドゥと戦ってて、負けそうになった時にも聞こえたの。
『―彼らが勝つと信じるのと、このまま見殺しにするのとは違う。過ちを繰り返すな―』って。
それを聞いて、倒れてるあなた達を見たら、あなた達が死ぬのを考えちゃって…何がなんだかよくわからなくなって…
気がついたら私は飛んでて、ケルレンドゥに魔法を撃って。無我夢中だったから、詳しいことは思い出せないけど」
「…コワカッタノカ?」
「!」
唐突なカフェオレの一言。マドレーヌはびくりと体を震わせた。
「ナニカヲナクシタリ、ダレカトワカレルノハツライコトサ。デモ、ソレガジブンノセイダッタラ、ツライダケジャスマナイ。
カナシカッタリ、ムナシカッタリ。ソレヲシッテルカラ、ヒトハナクスコトヲコワガル。…チガウカ?」
「…あははは。今日は隠し事できない日なのかなぁ。…なんでわかったの?」
「ジブンニトッテホントウニコワイコトヲカンガエテイルトキハ、
ソレガタトエカコノコトデモ、ヒトハヨユウヲモテナイ。ムカシ、ソウオソワッタ」
「…。顔に出てたんだ」
ぽつり、彼女は呟いた。
おぼろげな記憶の中から、短い会話が浮かび上がる。
『よく頑張ったわね。フレークも、シュガーも、ガナッシュも…みんな』
『…先、生?』
『…どうした?後は任せるんじゃなかったのか?』
後ろから声がした。
『…そのつもりだったけど…けど…!』
記憶の中の自分は、倒れた彼らに背を向けたままで。
『黙って見てられるわけ、ないじゃない…!!』
泣いていた。彼らをこのまま失うことが怖くて。彼らがこれ以上傷つくのが悲しくて。
彼らが勝つと、わかっていたはずなのに。…目に映ったものは、それでもマドレーヌを衝き動かした。
「先生も先生で純真だからな」
「「「「!?」」」」
ガナッシュの口から、彼の言とは信じがたい一言が飛び出し、一同絶句。
「…どうした?」
「…なあオッサン。それ、何のつもりで言った?」
「さあな」
「で?何か思い当たることはあったかい?」
「…あったわ。今まで思い出せなかったのが不思議なくらい」
「…そうか」
「ソレハヨカッタ。ヨウヤクソノハネヲシマエマスナ」
―カスタードぉ?聞こえてるんでしょ?
…やっと気付いたか。
―やっと気付いたか、じゃないわよ!この羽!
なかなかいいものだろう?私のおさがりみたいなものだがな。
―しまって!注目集めちゃって恥ずかしかったんだからね!?
はっはっはっは…そうかそうか。恥ずかしかったか。
―…遊んでるでしょ?
ああ。
―〜っ!
わかったわかった。しまってやるからそんなに怒るな。
―…カスタードのばか
ん?
―なんでもないっ!
意地っ張りなのは相変わらずだな。ということは、寂しがりやもそのままかな?
―ッ
ははは…冗談だ。半分はな。
―…ばかーっ!!
…やっぱりそのままじゃないか。
―…ばか…ばか…。
泣いてるぞ?
―どうして…そこにいるなら、話しかけてくれなかったの…っ! どれだけ待ったか…わかってるの…?
「先生?…せーんせーっ?」
「っ」
気がつけば、背中の翼がたくさんの羽根を撒き散らして消えていくところだった。
「ドウシタンダ?マッカニナッタリ、ナキダシタリ」
「…うん。ちょっと、懐かしいことを思い出して」
涙は止まらなかったが、マドレーヌは何故か、嬉しそうに微笑んでいた。
…おかえり、おにいさん。
「この羽のこと、やっと…わかったような気がする」
「…そう。よかった、かな」
素っ気無い返事がガナッシュから返った。
「ま、一件落着でいいんじゃねぇの?…事件でもないけどさ」
「不思議な話、ね」
「ナンデモイイサ。ソンナデキゴトモアッタ、ソレダケノコトダ」
「…カフェオレ。おまえ、最近性格がドライになってないか?」
「キノセイダロ」
最後にカフェオレが放った、軽々しくも、時の重みを感じさせる台詞。
カシスは突っ込んだが、カフェオレは一言で一蹴した。
...fin?