漆黒の詩 -シッコクノウタ- 25
一人の少女は、女性に手渡される宝石を見てきょとりとした少年の表情を、見逃さなかった。
「馬鹿らしい。悪いけど、僕、帰る」
「ちょ……!? いきなり何言い出すのよ、ティンブラ!」
「だから、悪いけどっていったじゃない」
少し、思案する間をおいてからだった。
ブレッドの言葉の後、一人の少年が挙手をして口を開く。
思わず、隣にいたキャンディは彼の胸ぐらを掴んだ(2度目)。
「ティンブラ……?」
サブレの口からも、複雑そうな声が出てくる。
キャンディに手を離させると、ティンブラは元来た道を歩み始めた。
「ブレッド。やっぱり君は、馬鹿だよ」
「そうだな」
ブレッドを振り返ったティンブラの表情は、角度上彼にしか見えない。
けれどもノエルとローレルには、かすかながら、彼の足取りが行きよりも軽いように思えた。
ティンブラが見えなくなって、一呼吸。
フレーク達は、サブレを見直した。
「何……考えてるんだろうね、彼」
「……それは、ティンブラにしか分からないよ」
フレークが苦笑混じりに呟いた言葉に返したのは、サブレではなくガナッシュだった。
ガナッシュは、目を閉じていた。
恐らく、臨海学校の時の旅を思い出しているのだろう。
それとも、まだサブレを残したいと、必死に案を考えているのだろうか。
「時間よ、みんな」
「さあ、話はそこまでだ」
無情にも、マドレーヌ先生とブレッドの声。
二人の言葉に、キャンディが唇を噛んだ。
「悔しいわ……」
「キャンディ……」
「オリーブ……私たち、結局、何も出来なかったのね」
キャンディはしゃがみこむと、オリーブに抱きついた。
肩が震え、かすかながらに嗚咽が聞こえる。
「でも、これが精一杯やった結果だよ」
フレークが、そんな彼女の頭を撫でた。
「サヨナラ……なのね」
サブレが、一同をぐるりと見回す。
それは、最期の最期、彼らの顔をしっかりと胸に刻むような動作だった。
「また会えるわ、サブレ」
「すぐに……な」
「今度会った時は、もっとおしゃべりしようね」
「ノエルと一緒に、僕も待ってるからね」
「フレークも、私も、みんなも、その時を楽しみにしてるわ」
「うん……。これは、約束だよ」
「またね、サブレ。私たち、ずっとずっと待ってるわ!」
「私も……待ってる」
「それに、必ず見つけ出すわ。あなたのこと」
「大丈夫。みんなは、約束を破ったりはしないよ。……また、会おう」
「今度は、もっとゆっくり、一緒に買い物しましょうね」
つぅ……と、サブレの頬を涙が一筋伝った。
涙の跡を浮かべたキャンディが、それをハンカチで拭ってやる。
「約束よ、サブレ」
「えぇ……」
キャンディが離れると、サブレはブレッドとマドレーヌ先生を見やった。
ブレッドが少し微笑むようにして彼女を見、
マドレーヌ先生が優しく、母のような笑顔を彼女に向ける。
「お世話になりました」
ぺこりとお辞儀をするサブレに、最初の会った時のような感覚はない。
ブレッドはこくりとうなずくと、彼女の頭をそっと撫でた。
「君が信じれば、俺たちはまた、すぐに会うことができるだろう」
ブレッドが彼女から離れると、彼女が数回頷いた。
信じるわ……。信じる。彼女が、何度も呟いた。
「サヨナラ……ありがとう」
そして、彼女をふわりと包み込む光。
みんなの視界が、ホワイトアウトした。
――……カラン……。
「行っちゃっ……た」
「案外……あっけなかったな……」
キャンディが、ひとつ、残ったペンダントを見て言葉を漏らした。
途端、わっと泣き出すキャンディ。
つられたように、ノエルが。シュガーが。ローレルが。ブルーベリーが。……フレークが。
マドレーヌ先生は、残ったペンダントを拾い上げると、それをガナッシュに渡した。
「私が持つよりも……あなた達が持っていた方が、いいでしょう?」
少し、寂しそうに微笑む。
マドレーヌ先生からガナッシュの手に渡ったペンダントは、思っていたよりも重かった。
「さあ。……帰るぞ」
「……はい……ッ」
言って、歩き始めるブレッドの言葉に。
誰かが、うわずった声で返事を返した。
「サブレは?」
「……結局、逃げたのね」
「……まぁね」
部屋を抜けると、抜けたすぐ横に、ティンブラが座り込んでいた。
ぐしっと、目元を擦るキャンディ。
「それじゃあ、先生達、先に帰ってるね」
「気持ちに整理が付いたら、帰ってくるといい」
それを見て、マドレーヌ先生とブレッドは、ワープ魔法を使って一足先に帰ってしまった。
残された面々には、泣き顔が圧倒的に多い。
ティンブラはそれを見やって、一人一人を抱きしめた。
「君たちは、立派に役目を果たしたね」
「……何も、出来なかった……!!」
ローレルが、ティンブラを抱きしめ返す。
「偉かったよ。彼女もこれで、楽になれたよ」
「けど、すごく……寂しい……っ」
ノエルが、ティンブラを抱きしめ返す。
「君たちそんなに泣いちゃって。サブレに笑われるよ?」
「笑われたって……いいわよ」
シュガーが、ティンブラを抱きしめ返す。
「……サブレは、信じてるって?」
「うん……ッ」
フレークが、ティンブラを抱きしめ返す。
全員を抱きしめて、一言ずつ声をかけて。
それから彼は、ガナッシュとオリーブに向き直った。
「ペンダント。……ペンダントを」
「……これだ」
マドレーヌ先生からガナッシュに渡されたペンダントが、
今度はティンブラの手にするりと渡された。
ガナッシュが握りしめていて、かすかに温かさを感じるオリハルコン。
それを両手で握りしめると、彼はその手を額に当て、目を閉じて何事か呟いた。
「それじゃあ、彼女を……完成させてあげて」
「え……?」
不意に渡し返されたペンダントと、おかしな言葉。
そこで初めて、みんなはティンブラの横に置かれた人形に気が付いた。
「これって……」
「サブレの……人形……」
「もう、そんなもの意味ないわっ!」
また、わっと泣き出すキャンディ。
彼女の肩を、オリーブがそっと抱いた。
そんな中でも、数名が泣きやみ、その人形をじっと見る。
「人形……オリハルコン……。……サブレ……」
ガナッシュは意を決したように頷くと、人形に近づいた。
――そして、最後のピースがはめられる。
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