漆黒の詩 -シッコクノウタ- 15
「そうさ、これでいいのさ……」
彼は自分を納得させるようにそう呟くと、儚げに微笑んだ。
それは、まるで、自嘲。
「これ以上馴れ合えば……彼女の死を、僕は受け入れられなくなる」
だから、一歩といわず十歩。
十歩といわず、百歩。百歩といわず、千歩。
いつ何があってもいいように。
二人の間に、ずっとずっと、広く距離をとろう。
「結構、彼女、僕の好みなんだけどなぁ」
いつもは、ガナッシュが根元でハーモニカを吹いている木。
その木、で一番太い枝。
そこに寝転がりながら、少年……ティンブラは、空を見上げた。
「ねぇ、フレーク……」
きっと、猫や犬の耳があったならば、垂れていただろう。
しょんぼりとした様子で、キャンディは隣の彼の名を呼んだ。
そうそう、おめかしする機会はない。
クラスメイトたちは、それぞれめいっぱいお洒落をして、パーティ会場の麦藁荘にいた。
その会場のはじっこで。
少年と少女が、一人の女性へ視線を注ぐ。
「うん……。でも、僕らには何もできないよ、キャンディ」
「わかってる。わかってるけど。でも、やっぱりこれって、なんかおかしいよ」
「キャンディ……」
「フレークだって、わかってるんでしょ? そう思ってるんでしょ?」
キャンディの手が、震えていた。
グラスの中の、ワインのようなグレープジュースが揺れる。
彼女はあいた方の手の手袋で目元の辺りをこすると、もう一度女性を見た。
――今を生きる彼女は、誰も侵すことができないほど、美しくて。
「今、彼女、すごく輝いてる。なんでその彼女が、消えなくちゃいけないの?」
「……」
「消えるべきものなら、もっとたくさんあるはずよ。それなのに、彼女がだなんて……っ」
今度は、あいた手が強く拳を作った。
きっと彼女は今、グラスを投げてしまいたいぐらいの衝動に駆られているだろう。
それでも、ただ、拳を作って、強く握って。
「でも、キャンディ。……彼女は、それを、自分でもわかってるわ」
「オリーブ……?」
「自分は、消えるんだって。彼女は、理解してるの。彼女は消えるつもりなの」
「……」
と。二人の元へやってきたのは、オリーブだった。
フレークをちらりと見やってから、キャンディに話しかけるオリーブ。
「キャンディ……私たちには、何もできないわ」
それから、ブルーベリー。
レモンに断ってから来たらしい彼女は、ゆっくりと首を振った。
いくら本を漁り呼んでも、何も書いてなくて。
苦しくて。
辛くて。
自分は何もできないと認めるのが、怖くて。
彼女は、助からないの?
「とりあえずね、思うの」
「僕らが今やれることは、何かって」
ぴょこり。
まるで双子のように、息ぴったりと。
ブルーベリーの後ろから顔を出したノエルとローレルは、にこりと笑った。
「それはね」
「彼女と笑いあうこと」
「今を楽しむこと」
「思い出を作ってあげること」
カシスやシードル辺りは、もう気づいているのだろうか。
サブレのことや、自分たちのことを。
フレークは二人の言葉を聞きながら、「うん、そうだね」と、相づちを打つことしかできなかった。
「彼女を救おうなんて、思わないことよ」
「シュガー……?」
ノエルとローレルが振り返ると、そこにはシュガーの姿があった。
自分と瓜二つな彼女に、ぴょこぴょこと近寄るノエル。
「オレたちが生きて欲しいと願っても、果たしてそれは、彼女も同じなのか?」
「彼女は、もしかしたら、生き続けたいと思ってないかもしれない」
「だとしたら……彼女にとって、生き続けることは苦痛だよ」
サブレについて知っている人々が集まっていたからだろうか。
自然と、ガナッシュの足も彼らの元へ向いていた。
ノエルにくっつかれているシュガーの隣に立って、フレークを見やる。
「オレたちは、できたとして、彼女の意志のサポートだ」
「無理に生き続けさせることは、私たちにはできないのよ」
「……た、確かに……。二人のいうことも、わかるわ」
キャンディは唇をとんがらせると、床に視線を落とした。
お洒落のために履いてきた、ぴかぴかした靴のつま先。
「時間はあまりないけど……でも、ある」
「フレーク?」
「彼女は生きたくないかもしれない。でも、僕は……彼女に、生きて欲しい」
「……言うと思ったよ、フレークなら」
すっと。ガナッシュの表情に、笑みがさした。
彼の隣で、シュガーが呆れたような表情をする。
「だから……僕は、なんとしても彼女を生かし続けたい」
「手伝うよ、フレーク!」
「私も、賛成ー!」
「わ、私も! 私も彼女に生きて欲しい!!」
きゃらきゃらと、楽しみながら手を挙げるノエルとフレーク。
二人に引っ張られるようにして、キャンディが手を挙げると、
そこにいた面々は、お互いを見合ってから、頷いた。
「あの子たち……どうするのかしら」
――きっと、時間がないと知っても、ひたすらに前を見続ける。
「私も、昔はあんなだったのかなぁ」
マドレーヌは口元に手をやりくすりと笑うと、
はしっこで会議のようなことをしている生徒たちを見やった。
少しばかり、羨ましい。
できれば、自分も小さくなって、あの輪の中に入りたい。
「サブレも……どうするのかしら、ね……」
ふわりと、綺麗に着飾ったサブレの髪が、
どこからともなく吹いてきた風に、揺れた。
マドレーヌは彼女の姿を見やってから、
グラスに口を付け、中身を胃に流し込むようにして、飲み干した。
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