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リレー小説



漆黒の詩 -シッコクノウタ- 14



「ティンブラが?」
フレークから、彼が急に何処かへ出かけたことを告げられたブレッド。
「…何か考えあってのことだろう。気にすることもない」

こともなげに一蹴。



「おはよ、ブレッド」
そこへ入ってきたマドレーヌ。昨日の女性を従えて、ブレッドの隣へ。



「…異常はないか?」
「ええ。…今のところ、ね」
「…そうか」
ブレッドと女性との会話は唐突に始まり、短く静かに終える。

「…何か心残りがあれば…今のうちに済ませておくといい、ランスタンレイヴ」
「…ぇ? ランスタン…レイヴ?」
名前らしい単語を呟いた彼。女性はそれを反芻する。
「名前だ。たった数日で今度こそ死ぬとはいえ…名は必要だろう?」
「でも、彼女には本当の名前が…?」
マドレーヌが首をかしげながら、ブレッドに問いかけた。

「…昨夜のうちに、30年前の生徒に関する資料を全て洗ったが…おまえの情報だけ抹消されていた」
「…そう。言われてみれば…あの先生、結構重役だったみたいだしね。無理もないわ。
…その名前は、もらっておこうかしらね。名前の意味も響きも気に入ったし」
彼女には、自分の情報が抹消されたことを気にする様子はない。…自分のことには無関心なのだろうか。

「…さて。ファーストネームはマドレーヌが決めてやるといい。
どうせ、ある意味30年前とは別人なんだ。違う名前でも困りはしない」
ブレッドは席を立つ。

「…ブレッド?」
「今日は、ここにいる気になれないのでな。調べものなり、歓迎の用意なりしているさ」
言い残して、彼は職員室を後にした。

「…歓迎、ね…。なんだかんだ言って、ブレッドも嬉しそうにしてるじゃない」
「…?」
わけがわからず、女性はきょとんとしている。
「彼、『麦藁荘』っていう旅館を経営してるの。何年か前、私も泊まりに行ったことがあるわ」
自然が一杯で気持ちいいところだし、料理もおいしいんだから。
「……」
何か思うところがありそうな女性だったが、出かけた言葉を飲み込んだ。

「…それで、ワタシの名前は…」
「サブレよ」
即答するマドレーヌ。



「…サブレ…」
彼女にそう呼ばれ、不思議と、元々そんな名前だったような気がしてくる。

「サブレ・ランスタンレイヴ」

ソレが、今のワタシの名前なのね。…誰にも聞こえない小さな声で、女性は…サブレは呟いた。



そして心の中で、新しい自分の名前を、繰り返し…繰り返し、何度も反芻した。






「体験入学で、サブレ・ランスタンレイヴさんが私のクラスに入ることになったわ。
ちょーっとだけ歳の差があって戸惑うと思うけど、仲良くしてあげてね?」









昼休みになって、ブレッドが授業を終えたばかりの教室に現れた。

「ブレッド?」
「………」
彼はただ黙って、マドレーヌに廊下へ出るよう手招きする。



「…どうしたの?」
「彼女のことだ」
「…?」
マドレーヌはそれを聞いて眉をひそめた。すぐにサブレのことだとわかったから。

『彼女の体は魔力でできている。そしてその魔力は、少しずつ大気中に流れ出している』
ブレッドはそう告げた。
「あの結界のおかげで、魔力も体の中に押し込められていた。だがそれがなくなって5年以上経つ今…
彼女の体は、あと数日維持できるかどうか…そういう状況にあるのは、理解しているな?」
「え?…そりゃまあ、そんな感じだろうとは思っていたけど…?」

なら、落ち着いて聞いてくれ。ブレッドは前置きして切り出した。



「…だいぶ詳しいことがわかってきた。3日後の日の出…今のままなら、それが彼女の寿命だ」
「そんなに早いの…!?」
「いや…彼女は、魔力だけで6年も…あの仮初めの体を保ち続けた。普通は1ヶ月ともたないものを、だ。
最後の1日…徐々に体は透け、意志はぼやけ、フェードアウトするように消えていく。
そこに苦しみはない。だが、最期の瞬間、そこには文字通り何も残らない。
彼女の記憶も、感情も、自我すらも消えて、最後に残った体が霧散する」

「…残酷すぎるわ」
「虚しくもある。自分は生きていた…たとえそう実感しても、それを忘れて逝ってしまうのだから」
無表情なブレッドから、彼の感情を読むことはできない。だが、何かを迷っているのだけは感じ取れた。

「…何か、迷ってるの?」
「対処法はある」
「ぇ…?だったら何故…」
「…この方法を用いるのは、彼女が本心から生きることを望んだ場合だけにしてほしい」

「…彼女の消滅は、魔力不足で体が維持できなくなるのが原因だ。
ならば、彼女の周りに結界を作って、魔力を閉じ込めてしまえばいい。
その上で、誰かが彼女に魔力を注ぎ込んでやれば…結界が維持される限り彼女は生き続ける」

「…それも、最初から知っていたこと?」
「ああ」
「…知ってたなら、どうして黙ってたの?」
「彼女が何の苦痛もなく逝けると思っていたからだ」
「…そして死者を生きながらえさせるのは禁忌。…それをわかってて、何故私に話したの?」
「………」

「あんな虚しい消え方など、俺には到底認められん」
「ブレッド…」
「たとえ世界が禁忌だと定めようと…そんな死に方は、命の尊厳を著しく傷つける。俺はソレが許せない」

そしてマドレーヌは、ブレッドの手が、震えるほどの力とともに握り締められていることに気付いた。
彼の腕にそっと手を添えると、震えは止まった。

「…彼女が生きることを拒んだら、皆でモギナスまで送ってやろう。彼女が消滅せず生まれ変わるにはそれしかない」






「……」
「どうしたの、フレーク?」
「いや、なんでもない」
扉の傍から離れないフレーク。不思議に思ったキャンディが、彼と同じように扉に近づいた。

―最後の1日…徐々に体は透け、意志はぼやけ、フェードアウトするように消えていく―

「…!」
最も聞いてはいけない部分を耳にし、キャンディの目が大きく見開かれた。
「そんな…ッ」
「ダメだッ」
皆に伝えようとしたキャンディだったが、フレークに止められる。

「どうしてっ!?なんで教えちゃいけないの!?」
「なんでとか、そんな問題じゃねぇんだよ!」
彼の口から放たれた言葉は、彼らしからぬ言葉遣い。
「こっちが何をしようと、決めるのはアイツ自身だ!余計なマネはしちゃいけないんだよ!」

『………』
フレークの剣幕に、全員が何事かと彼を注視する。

「…うん、ちょっとね。先生達がショッキングなことを話してたから。知らないほうがいいこともあると思って」
ごめんね、つい怒鳴っちゃって。元の口調で、フレークは微笑を浮かべる。

「あら、どうしたの?」
話し終えたマドレーヌとブレッドが戻ってきた。

「ねえ、ショッキングなこと、って…?」
オリーブが、すごく不安げな表情でマドレーヌを見上げる。
「………」
黙り込むマドレーヌ。…が。



「隠すことでもなかろう?」
「ブレッド…!?」

「ピスタチオ、キルシュ。特別講習だ。特別キツいのをプレゼントするから覚悟しろ」
「「ええぇぇぇッ!!?」」
絶叫するキルシュとピスタチオ。
「どうした?特別講習か、長期休暇中の補習か。決めるのはおまえ達だぞ?」
にやりと、いつもの余裕な笑みをブレッドは浮かべた。



「さて。ソイツはさておき、だ。今夜、サブレの歓迎も兼ねて麦藁荘でディナーパーティを開く。
…といっても、ただ単に皆で夕食をとるというだけだが、おめかししたければ、しても構わないぞ?」
「6時から、だそうよ。急だけど、都合がつくならなるべく来てほしいわ」

「ひゃー。サプライズイベント、ってヤツかヌ〜?」
「パーティですの?私も行っていいんですの?」
十人十色の反応を見せる中、ブレッドとマドレーヌがこっそりとサブレを連れて廊下へ出るのをフレークは見逃さなかった。



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