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リレー小説



漆黒の詩 -シッコクノウタ- 10


「ちょ、待って…!僕達はあなたを倒しに来たんじゃない」
「関係ないわ。コレは八つ当たり…30年間閉じ込められてた、ね」
ローレルの言葉にも、女性はまったく耳を貸さない。

「当たってくれないと、八つ当たりにならないじゃない」
生前は毒属性だったのか、ポアヴルを次々と飛ばしてくる。
「…タチが悪いな」
「それが何か?」
ガナッシュがもらした一言も、何ら気にする様子はない。






「…泣いてる」
「え?」
開いた扉が、彼女らの目には映っている。だが、近づく前に足を止めていた。
「誰かが、泣いてる。…あの中で」
オリーブは言う。
「どうして?」
「わからないよ。でも、泣いてる。もう、自分じゃ止められないくらいに」

「行かなきゃ…」
「あ、ちょっと、オリーブ…!?」

ブルーベリーの制止も聞かず、オリーブはふらふらと扉に近寄っていく。



「もう、やめて」

「オリーブ…!?どうしてここに!」
扉の前に現れたオリーブを見て、ローレルが駆け寄っていく。
「ブルーベリーも…」
「オリーブが、切羽詰ったように呼ぶから、ついてきたの。…ねえ、何があったの?」

「今夜はやけに、小さなお客さんが大勢来るわね。何のつもり?」
机の傍に立ち、女性はオリーブたちに問いかける。
「………」
答えず、ただオリーブは女性の瞳を覗き込むように見据えるのみ。
「……」
女性もまた、何故かたじろいで動かない。



「…どうして、泣いてるの?」
「…?ワタシは泣いてなんかいない」
「ううん、あなたは泣いてるよ。泣いてるあなたが、私には見える」
「そんなデタラメ…!」
激したかのように女性が放った、オリーブに飛んでいく毒の水泡。
それは彼女の足元ではじけた。

「何故、ワタシが泣かなければならないの?ワタシはこの学校が憎いの。
今までワタシのことを黙殺してきた、学校の教師たちが憎いの。
ワタシは怒っているの、恨んでるの!泣いてられる余裕なんてないの!」

「言わなくても、わかるよ。…でも、だからかな。あなたは、あなた自身の心が、見えなくなってる」

「バカなことを言わないで。憎しみと、怒りと、恨みと!ワタシは今まで、それだけで満ちていた!」

強く頭を振り、女性はオリーブを否定する。



「誰かが、閉じた扉の前を通りかかるたびに、あなたは叫んだ。『ワタシはココにいる、ココから出して』
でも、誰も気付いてくれない。見向きすらしない。結界そのものになった扉は、この教室は、中からも開かない。
自分はとっくに死んでいて、何年経っても扉は開かなくて。恨みとか、憎しみとかに浸かっても、それでも叫んだ」
オリーブが口にしたのは、女性が否定したことをさらに否定する言葉。



誰も言葉を発することはない。ただただオリーブか、あるいは女性かを見ているのみ。
女性からの敵意は既になく、何かから目を背けるように、どこか一点を呆然と見つめている。



「…ソレは、何故?」
「…!」
唐突に問う。

「あなたは、何故叫んだの?…思い出して。私が聞いたあなたの声…そこには、怒りも憎しみもなかったから」



「…」

「…今になって、押さえ込んでいたものが出てきたんでしょ?だから、あなたは叫んだ。必死に誰かを呼んだ」






「…寂しい…」
ゆっくり呟いた声は、初めて聞いた言葉を反芻するかのように。






「寂しかった…友達の顔をもう一度見たかった…声を、聞きたかった…ッ!」
堰を切り、溢れ始めた独白。



「でも、みんなもういない…どこにいったのか、わからない…名前も顔も、もう思い出せない!」



会いに行きたかった

気付いてもらえなくてもいい、外に出て、みんなに会いたかった

だけど、なにもできなかった



「何もできない自分が嫌で、ただここにいるしかなかったことが悲しかった…!」
ぺたりと座り込み、俯いて。その声は、叫びにも似て。



ぽたり。 そんな音が聞こえた。何かが一滴したたり落ちた。






「…ねえ、君」
扉の外から声がした。
「ティンブラ…!」



「…さっき、逃げた人?」
顔を向けもしないまま、女性は『彼』に声をかける。
「そこから、出たい?」
「…!?」
弾かれたように顔をあげ、振り替える。
「…出られるの?」
「当然」
彼は不適に笑ってみせる。

「…でも、もういいわ。ずっとココにいて、出られないのには慣れちゃった」
溢れ出すものを拭おうともせず、女性は力なく笑う。

「…はぁ」
盛大なため息が一つ。

「…君達」
「わかった」
ティンブラの、ただ一言。フレークが動いた。

「立ってください。…外に出ましょう」
手を差し伸べる。
「ぇ…?」
「ほら、早く」
「……だけど」
「ぁー!じれったいなぁ、もー!」
フレークらしくもなく声を荒げると、彼はムリに女性を立たせ、腕を引っ張る。
「ぁ、ちょ、何を…!」
「ほらほらー、せっかく外に出られるんだから、思い切って。ねっ?」
後ろからノエルにも背中を押され、明らかに女性は困惑している。扉が近づくにつれ、僅かに恐怖を示した。

「やめて…ッ」
「大丈夫。…ティンブラは信用できるから」
横からガナッシュの声がかかる。



やがて扉の目の前まで来ると、フレークは何故か手を離し、1人で外へ。ノエルも女性を追い越して外へ出る。

「ほら、おいで」
代わりに、ティンブラが手を差し伸べる。…ただし、扉の外へ腕を伸ばさなければ届かない距離で。

「………」

「大丈夫だから。…おいでよ。君自身で、僕の手をとるだけでいい」



ゆっくりと、女性の腕が動く。…しかし、どうしても途中で止まってしまう。
「…やっぱり、ムリ」
手を下ろそうとして。



「ねえ、気付いてる?」
唐突に、呼び止められた。
「ぇ?」



「僕らは、ここからでも君が見えるよ?」
だから、ほら。彼は微笑んだ。

ソレは、何を意味していたのだろう?
開いた扉の向こうが見えるのは、当然のこと。



下ろされようとした手が、もう一度伸ばされた。
重ねられた掌は、赤くなかった。






「………」
「…つまり、結界なんてもう存在しない。強いて言うなら、結界は君の中にあったのさ。
…怖れるあまり、そこにまだ結界が残っていると思い込んでしまった、君の心の中に」
子供をそっとあやすような声で、腕の中の女性に彼は語りかけた。






「…ブレッド。あなた、まさか…?」
ブレッドがあまりにきっぱりと断言するのが気になり、問いかけてみれば。
「ああ。わざと素通りした」
職員室の片隅、窓から空を見上げながら、彼は答える。

「なんでそんなこと…。フレーク達に行かせなくても、あなたなら簡単に説得なり倒すなりできるでしょ?」
怪訝そうなマドレーヌに、彼はこんな言葉を返した。

「あいにく俺は、こういう時に月並みなことしか言ってやれない人種でな」
俺が行くよりは、本心からモノを言えるあいつらの方が適任だろう? 彼は笑う。

つまり、こう言っているのだ。『あいつらがどんな説得をするのか興味があった』

「…不器用なヒト」
直接『説得して来い』とか言えばいいのに。どうしてこのヒトは、妙なところで捻くれているのだろう。

「何か?」
「何でも?」
呟きを聞かれていたのか、振り返ったブレッドへ、しれっとしながら返答をよこした。



「それより、フレーク達はどうするの?用事が済んだら戻ってくるんじゃないかしら」
「出迎えてやる以外に、何が俺たちにできる?」
「…それもそうね。それじゃ、人数分の紅茶でも淹れてこようかしらね」
マドレーヌは立ち上がり、給湯室へ消えていく。
「コーヒーじゃないのか?」
「苦手らしいのよ、フレーク」
「…なるほどな。そんなこともあった気がする」
いつかコーヒーを彼に出したとき、嫌そうな顔をしながら無理に飲んでいたのを思い出し、彼は苦笑する。

「俺も手伝う。12人分も、一度には持てないだろう?」
「あら?1人分多いんじゃない?」
「気のせいだ」
一言で切り捨て、その後は黙って、2人並んでカップを運んだ。



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